第4話

 一般申請の人の波が薄れてくるとようやく顧問官補佐の人が神貴兵申請の受け付けをし始めた。残ってる人数を見ると、半分以上が一般申請者だったようだ。番号を呼ばれたので受付に行くと、他の申請者たちが俺たちから少し距離を置いてこちらを見ている。さっきの騒動の後だから当然か。


 気にせず受け付けを済ませて奥の扉を出ると幅十メートルくらいの通路に出る。ここには落ち着いた色合いのいかにも高価そうな絨毯が敷かれ、壁の装飾もより細かく、最初の回廊よりもかなり豪華な造りになっている。

 そのまま少し歩いていくと、ついに女神様がいらっしゃる神事(かみごと)の間である。


 開いたままになっている扉をくぐり部屋に入る。奥の壁の中央に祭壇があり、左右には警護の兵士が四人。顧問官が二人。失礼ながら内部は思ったよりも質素と言うか簡素と言うか。正直ここに至るまでの経路のほうがずいぶん豪華だった。


 そして祭壇の前にいらっしゃる黒髪でロングヘアーの美人が女神マイヤ様なのだろう。イメージ通りだ。


「あ、マイヤ様」

 姉ちゃんが手を振りながら親しげに声をかける。いくら何でも気安すぎないか?


「あら、マリーおはよう。控えのお部屋が騒がしかったからきっとあなたが来てるんだと思ってましたよ」

 マイヤ様はニコニコと答える。


「ああー、あれは私じゃなくって……」

と、ニヤニヤしながら姉ちゃんが言いかけたところで右側からこちらに向かって大きな怒鳴り声が。


「マリー、またお前は! 女神様に対して何という無礼な振る舞いだ!」

「げっ! パウル様……いたの?」

「げっ!とは何だ。げっ!とは」

 そりゃ怒られるわな。

 周りにいる警護の兵士たちも笑いをこらえている。


「女神様も困ります。あれでは他の者に示しが付きません。いつも……」

 パウル司教がマイヤ様にあれこれと進言している。


 姉ちゃんは俺とちひろにだけ聞こえるように声をひそめて、

「わたしあの人苦手なのよねー」

 と言って軽く舌を出した。姉ちゃんに母さん以外の苦手な人がいたのか。


「あの方は司教様だよね?」

「そうよ。口うるさくてめんどくさいの。いつもは執務室に籠ってあんまり出てこないのに何で今日はこっちにいんのよ」

 姉ちゃんが煙たそうな顔をしてパウル司教のほうを見る。


「マリー何をこそこそ話しておる。さっさと用を済ませて帰らんか」

 姉ちゃんはへいへいっと聞こえないように小さな声で返事をすると、俺とちひろに目配せをして付いてくるよう合図をした。


「マイヤ様。初めは私の弟からお願いします」

「あらマリーの弟さんなの? 初めまして」

「ど、ど、どうも初めまして。クロードと言います。よろしくお願いします」

 


 認証のための儀式が行われる。

 マイヤ様の前方に置かれた台の上に仰向けで寝そべる。うおぉ何だか緊張してきた。


「クロード、そのまま動かないでね」

 姉ちゃんが注意をする。


 マイヤ様が右手を上げるとシルクを通したような柔らかな光が現れ、膨らみ、そしてゆっくりと俺を覆うように降りてきた。光に包まれしばらくすると左の肩がじわじわと熱くなってきて、神貴兵の証である紋章が刻まれる。

 それと同時にここでその人の素質がマイヤ様によって鑑定されるようなのだが、沈黙したままである。


 様子がおかしいと思ったのか姉ちゃんがマイヤ様を見ると、マイヤ様も姉ちゃんの顔を見て、

「この子、魔法の自力発現をしています。あなたの弟さんはすごい魔法の素質を持ってますよ」

「自力発現とは……」

 パウル司教も驚きのあまり絶句している。


「それは珍しいことなのですか?」

 ちひろがパウル司教に尋ねると


「うむ、そもそも魔法とは神の力の一部であるから、基本的には市井の民は女神様から授けていただく以外に魔法が身に付くことはない。しかし、稀に自力で魔法が発現する者がいる。歴史上でも極わずかだが」


 姉ちゃんが事も無げな感心をして

「へー、それってすごいことだったんだ。でもクロードが使える魔法って閃光だけだよね?」

「うん、しかも一日一回だけ」

「やはり女神様に授かった魔法と同じで回数制限はあるのか。いやしかし自力発現をしているならば今後も別の魔法が発現するやもしれぬし、制限も果たしてどうなるか……」


「それでは私からも一つ魔法を授けます」

 そう言ってマイヤ様が左手をかざしたその時にパウル司教が慌ててそれを制しようとする。


「失礼ながら女神様、少々お待ちください。自力発現者は未知の存在ですので、あまり過剰に力をお与えにならぬほうが……」

「司教の心配はわかります。ですがきっと大丈夫ですよ。マリーの弟ですもの」

 そう言うとマイヤ様の左手から青い光が流れ出し、俺の体に溶け込んだ。


 認証の儀式が終わり俺は台から降りる。特に体に変化のようなものは無いが、マイヤ様に頂いたのが麻痺の魔法であることはなぜか分かった。パウル司教に聞くと魔法を授かった者は、それを自然に理解できるのが普通だそうだ。



 次はちひろが台に寝そべる。俺の時と同じようにちひろの体が柔らかい光に包まれた後、左の肩に紋章が刻まれた。

 そしてその後、マイヤ様が鑑定を始めると、どうやらちひろにも魔法の素質があるそうだ。左手をかざし魔法を授けようとしたその時に、何があったのかまたしてもマイヤ様は黙ってしまわれた。

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