第5話

「いかがなされましたか?」


 怪訝そうな顔をしているマイヤ様に司教が尋ねると


「魔法を授けようとしても浸透しません。これは……」


 戸惑うマイヤ様の横で考え込んでいた司教はふとあることを思い出す。


「ネコビトの娘よ。お前は動物や魔物と意思疎通は可能か?」

「はい。ですが獣人にとっては珍しいというほどの能力ではありません」

「ふむ、死者の呻きが聞こえることは?」

「……」


 何か心当たりがあるような顔をしたちひろに、司教は確信めいた口調で尋ねた。


「では、精霊の声が聞こえることはあるかね?」


 ……あるのか?

 そうつぶやくと、寝そべったちひろは首だけを俺の方に向けてそのまま頷いた。



「なるほど。女神様、どうやらこの娘は精霊の御加護を受けているようです」

「私の魔法が浸透しないのもそのせいだということでしょうか?」

「そのようです。この娘の魔力は精霊由来の物ですから、本人にその素質が備わっているというわけではございません」


 ちひろに精霊の声が聞こえるなんて初めて聞いた。当然姉ちゃんも初耳なのだろう、俺の時とは反応がえらく違う。


「すごいすごい。じゃあちーちゃんは精霊魔法が使えるってこと?」


 パウル司教はうるさそうに顔をしかめながら、


「まだそれはどうなるかわからん。精霊の助力を得られるのは確かだが」

「それにしてもマリー。あなたはつくづく人に恵まれていますね。まさかこんな稀な事が二つも起こるなんて」


 にこやかにおっしゃるマイヤ様とは対照的にパウル司教の警戒心は大きく膨らんでいる。


「マリーよ。この二人はわしの元に一時預かりということにする。良いな」

「ええっ? なんでー? ダメに決まってるでしょ。私のサポート役として連れてきたんだから」

「だからこそだ。ただでさえお前の戦闘力は高すぎるのに、そこへこのような今後の成長が未知数の者を置いておくのは危険すぎる」

「どういう意味よ、それ」


 姉ちゃんが納得いかないのは無理もない。それにしてもパウル司教様のこの強い警戒はいったい……


「マリー、気を悪くしないでね。パウル司教はこういう役割なのよ。でも私は二人をマリーと共に活動させることには賛成です」

「女神様! それは……」

「私にはこの三人が危険だとは思えません。むしろ離したほうが問題が発生するような気がします」

「ほらほらー マイヤ様もこうおっしゃってるけどぉ?」


 姉ちゃん得意の腹立つ顔が炸裂する。


「……ぐぬぬ」

「大隊長の許可も頂いておりまーす」

「……わかった。ただしこの二人に関してはすべてお前が責任を持つということで良いな」

「そんなの初めっからそのつもりよ」




 俺たちは無事認証を頂き、来た時の回廊を通って入口に戻る。


「それにしてもあんたが魔法を使えることがそんなにレアなことだったとはねー。『閃光フラッシュ』なんて目くらましとタイマツ代わりにしか使えないのに」


 俺は昔から便利に使われていたことを思い出す。


「そうそう、ちーちゃんはいつから精霊の声が聞こえるようになったの?」

「小さいころから何か聞こえるなぁとは思ってたんだけど、気のせいだと思って誰にも言わないようにしてたんだ。ちょっと怖かったし。……そっか、あれは精霊の声だったんだね」


 ちひろは肩の荷が下りたようすでほっとしている。



 神殿前の長い階段を降りるとまたランスさんが声をかけてくる。


「よぉ、どうだった?」

「ばっちり認証もらえました」


 俺が答えると


「そうか、それは良かった。それと例のあいつらのことは大丈夫だったのか?」


 ランスさんが心配そうに聞くと姉ちゃんはうれしそうに


「うちの凶暴な弟が軽くシメてやったみたいよ。ね?」

「人聞きの悪いこと言うなよ」

「そうかそうか、なるほど姉弟だな。だいぶ前にあいつらが出て行った時にしかめっ面だったのはそういうことか」


 ランスさんに見送られた後、姉ちゃんに遊撃隊の詰所に案内される。

 各隊の詰所は町の各所に配置されていて、常に敵の襲撃などの警戒を行なっているが、遊撃隊は平素の活動がないことからほとんど姉ちゃんの別宅と化していた。


「うへぇ、汚ねえ」

「マリ姉、ちょっと散らかし過ぎじゃない?」


 俺とちひろはあまりの惨状に呆れ果てた。

 姉ちゃんは笑ってごまかした後、


「よし、まずはみんなで掃除をしましょう」


 フザケンナ

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マイヤ教国と戦乱の大陸 ネコ隊長 @nekotaicho

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