君とわたしと、たくさんの三周年

最上へきさ

今日が何の日か知っているかい?

「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「ちょっと、あの、刃物使ってるんで離れててもらえます?」

「オイオイ冷たいじゃないか! ホラホラ、答えてくれたまえよ」

「知りませんって。えー、あれでしょ? プリンの日」

「違うよ」

「じゃあ承平天慶の乱の日」

「なにそれ」

「知らないんですか? 平将門が討ち死にした合戦ですよ」

「うん多分そうだけどそうじゃない」

「えー? じゃあ、サラ・ジェシカ・パーカーの誕生日」

「なんなんだ君は、人間Wikipediaか! 君とわたしにとって、とても大切な日だよ!」

「……あ、今朝ゴミ出してくれました? 燃えるゴミの日でしたよね?」

「三周年! 君と! わたしが! 付き合い始めてから! 今日で三年なんだよおおおおぉぉぉぉっ!!」

「うわビックリした! ちょ、ホント危ないですから! 耳元で叫ばないでください!」

「もー! もー! なんで君はこう! こう! ウスラトンカチのトンチンカンのトーヘンボクなんだい! ホント! わたしじゃなかったら憤慨しているところだからね!?」

「もう憤慨してるじゃないですか」

「ホラ! こっち向いて!」

「はいはい、わかりまし――ん」

「――むふん。どうだ、わたしの唇は。参ったか」

「……ええと」

「もし、わたしの魅力に参ったと言うなら、ベッドに連れて行ってくれたまえ。ああ気にするな、今夜の夕食はピザでも取れば――」

「とりあえず絆創膏取ってもらっていいですか。指、切れたんで」

「わー! ごめんごめんごめん! わー! ちょっと待って大変だ! あわわ!」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「ナポレオン・ボナパルトがマリ・ルイーズと」

「念の為、先に言っておくが、歴史的な事件が起きた日や偉人・有名人の誕生日や命日は教えてくれなくてもいいぞ。念の為」

「……僕の誕生日ですね」

「嘘!? えっ、えっ? え、嘘、だって君の誕生日って」

「嘘ですよ。だってエイプリルフールですもん」

「……君」

「ごめんなさい、からかいました。あれでしょ? 先輩と僕が付き合い始めてから三年と一週間の記念日」

「君という男はよくよく海馬に問題があるようだな。わたしじゃなかったら憤慨しているぞ?」

「目が笑ってないですけど……」

「ホラ。手貸して。ぎゅっと。これだよ。分かるだろう?」

「んーと……あ。初めて手をつないでから三周年?」

「あの頃の君は本当にウブでネンネなシャイ&ピュアボーイだったものな。わたしが積極的にリードしてあげてるというのに、指一本触れようともしないで――ん」

「――そうですね。経験豊富な・・・・・先輩のおかげで、こんなに大胆な男になれましたもんね」

「ちょ、コラ、君、待ちたまえ、今日は、その、汗かいてる、からっ」

「ね、先輩。一ヶ月後が、何の記念日か憶えてます?」

「な、に、を……ず、ずるいぞ、君っ」

「ずるいのは先輩ですよ、そんなかわいい顔して」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「…………」

「……そんな顔しないでくれよ。悲しいじゃないか」

「……なんで僕がこんな顔してるか、分かってますか?」

「それは……その。ごめん。わたしが、遅くなるのに、連絡もしなかったから」

「仕事が忙しいのは知ってますよ。いつものことですから。でも、昨日は特別な日だって言ってたの、先輩ですよね」

「……君が大学を卒業して、一緒に住み始めてから、三周年だからね」

「そうですよ」

「ごめんよ。本当に」

「……先輩って、ホント、ズルいですよね」

「え。ズルい? わたしが?」

「そういう顔されたら、もう怒れないですよ」

「……そうか。やっぱり溢れてしまうんだな、わたしの抑えきれない魅力が」

「そんな叱られたチワワみたいな顔して」

「な。オイちょっと君! どういう意味だ!」

「温め直しになっちゃいますけど、グラタン食べます? ケーキも、まあ一日過ぎただけだし、多分いけますよ」

「コラ! まずは説明をしたまえ! 君!」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「……それ、ナゾナゾですか?」

「質問だよ、君。ごく普通のね」

「一応確認ですけど、今日で結婚三周年って事実は無視して考えた方がいいですか?」

「ああ、まあそうだね。それもそうだけど! めでたい日だ! 今日は実にめでたい日だよ、君!」

「……ヒントあります?」

「ふふん。今日のわたしを見て、何か気付いたことはないかな?」

「……いつもより服もメイクも気合が入ってて、超かわいい」

「いいぞ、もっと褒めたまえ」

「心なしか気品がある」

「その調子だ」

「その美しさ、実は天使なのでは?」

「素晴らしい」

「……他のヒントは?」

「わたしは今日からアルコールを断つことに決めたよ、君」

「……アルコール……あの呑兵衛の先輩が……え」

「ふふふん」

「えっ? えっ! えっ、えっ、ちょ、先輩、まさか!」

「そうだよ、そのまさかだよ君、わたし達のかわいいベイビーが――わぷっ」

「先輩――先輩っ! すごい、やった、嬉しい、めっちゃくちゃ――嬉しいですっ」

「ふふ、そうか。そうだね。わたしも嬉しいよ、君」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「はい! あたしのたんじょうびです!」

「そうだ、賢いぞ。今年で何歳になるんだ?」

「んーと、さんさいです!」

「流石は私の娘。三つも数字を数えられる。天才だな」

「ちょっと先輩、遊んでないで手伝ってくださいよ」

「ううむ、すまない君、手伝いたいのは山々なんだが」

「だめ! おかあさんはあたしとあそぶの!」

「あのな、いいかい、ケーキが出来上がらないと、パーティは開けないんだぞ?」

「いいよ、だいじょうぶ! けーきがなくたって、あいがあるでしょ!」

「流石は私の娘。この歳で愛の本質に気付いているとは」

「先輩……」

「いいからおとうさんも! ほら、みて! おとうさんとおかあさん、かいたの!」

「なんという繊細な筆致。これはパブロ・ピカソも裸足で逃げ出すに違いない」

「先輩……」

「でね、でね、これおうちね! おっきくて、わんわんいるの!」

「ははは、君まさかエスパーなのかい? どうして今日の誕生日プレゼントが分かったんだい?」

「あっ、先輩! それまだ内緒!」

「えっ? わんわん? わんわん! わんわんいるの!」

「あっ……の、その、あ、あは、ふふ、ふはははは!」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「先輩、ちょっと、なんですかジャケットのポケット。ティッシュでいっぱいじゃないですか」

「うむ、それはその、仕方ないんだ、分かるだろ」

「わー、なんかベタベタしてる……いくらなんでも、泣きすぎですよ」

「だって、そ、卒業式だぞ!? 小さかったあの子が、と、とうとう、高校まで、卒業して、こ、これが、泣かずにい、いいいい、いられるか、君!?」

「はいはい。分かりますけど、先輩がそんなに泣いたら、僕泣けないし」

「うるさい! ぎゅっとしたまえ!」

「かしこまりました。で、本人は?」

「と、ともだちと、カラオケ、行くって」

「ははは、リア充ですねえ。高校時代の僕らとは大違い」

「そ、そうだ、な、わたしを、誘って、くれたのは、き、君だけ、だったもの、な」

「懐かしいですね。あそこの喫茶店、まだありましたっけ。ちょっとパフェでも食べましょっか」

「わたし、ぱ、パンケーキ」

「はいはい」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「えっと……その、山のようなプレゼントと関係が?」

「そうだな、鋭いぞ」

「……確か今日は、あの子達が遊びに来る日、ですけど……」

「君、しっかりしたまえ、もう耄碌したのか!? わたし達のかわいい孫が三歳になるというのに!」

「いや、誕生日は来週でしょ」

「細かいことを言うな! こういうのは直接渡したいものだろ! それで、『おばあちゃんだいすきー』って言われたいだろ!?」

「……確かに。流石先輩、天才ですね」

「ふふん」



――――――――――



「ところで君。今日が何の日か知っているかい?」

「……いえ。教えてもらえますか? 先輩」

「オイオイ、まさか忘れたのかい? ちゃんと思い出してくれよ」

「えっと……確か、プリンの日だったかな?」

「違う」

「承平天慶の乱?」

「しっかりしてくれ、君。まだ大学生だろ?」

「……あ。もしかして、僕らが付き合い始めてから……」

「そう、三周年だ!」

「……そうでしたね、先輩。うっかりしてました」

「ふふん。どうだい、現役OLと付き合う気分は? ん? なかなかハレンチだろう?」

「そうですね。先輩は、ずっとずっと変わらなくて。僕の憧れで、理想ですよ」

「急に素直だなあ。……おや、どうしたんだい、花粉症かい?」

「ははは……大丈夫、大丈夫ですよ、先輩」



――――――――――



「ねえ、先輩。今日が何の日か、知ってますか?」

「僕、最近になってようやく知ったんですよ。三回忌って、二年経ったらやるんですね」

「三年経ったら……なんて言うんですかね?」

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君とわたしと、たくさんの三周年 最上へきさ @straysheep7

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