脈があるか、脈が無いか、腕を握って考える
空音ココロ
夏、鼓動はいつまでも続く
私は富士山の麓でマラソンをしている。
季節は8月の真夏、避暑地とは言え、運動するには熱くマラソンなんて常時熱を発散し続ける競技をしたら死人が出るんじゃないかと思うくらいだ。学校で企画しようものなら虐待だと言って騒ぎ立てる人もいるかもしれない。
地元の火祭りが当日の夜に行われているので友人が火あぶりマラソンと言って笑っていた。それは間違いないと思うが地元の人に聞かれたらヒンシュクを買いそうだ。
このマラソン、ずっと熱気に包まれているのだろう。
熱い夏のマラソンの後にある火祭り。照り付ける太陽で火照った体とは違う、大松明と人の熱気が心に火をつけてくれそうな気がする。
そんなことを考えつつも祭りの前に熱気が激しすぎて嫌になりそうだ。
只今、午前11時。
気温は30℃を越えたカンカン照りの良い天気。あ~、日差しが眩しいぜ、額の汗がキラリと光る青春のしょっぱさ、なんてやってられるか。何が避暑地だコンチクショウ。
距離はハーフマラソン、約21km。
以前に比べれば体力は大分ついているのでいけそうな気はする。実際、何回か走ったことがあるのできっと大丈夫。なんて甘い考えで突入。
「ヨッシーはもう大丈夫そうだよね」
なんて同僚の遥香が言って無茶ぶり。参加は半ば強制。美味しいうどんを食べたいよね、なんてお昼の社食で話をしていたのが前振りだったことに気が付かなかった私、もうバカバカバカ。
実は私はちょっとした病気を患っていました。今はもう大丈夫なんだけど。
復帰後からマラソンなら自分のペースで出来るからと遥香に誘われて始めました。ちょうどランニングブームが流行りだして可愛いキュロットのウェアなんかも出てきた頃。体系も隠せるからそんなに恥ずかしくないかなって思ったりね。
「似合ってる! むっちゃ早そうな人に見える」
「いや、私がガリガリなだけだから」
「見掛け倒しにならないようい頑張ってねー」
遥香は無責任な発言をいっぱいして私を焚きつけていった。
そんなんで1年目はほぼ練習。
2年目になって駅伝大会とかにみんなで参加したりしながらハーフにチャレンジ。
3年目にはもっといろんな大会に出るようになって自信を付け始めていました。
そしてこの火あぶりマラソン。
「手術をしてから3周年目にマラソン大会があるんだよね。美味しいうどん食べる前にはお腹空いていた方が良いと思うんだよね。ね? ね?」
「う、うん。そうだとは思うけどさ……」
「じゃあ決まりだよね。富士山だよ、富士山登るっていったらちょっと大変そうだけど、その周りを走るんだったら出来そうじゃない? 絶対景色とかいいと思うんだよね~、その後温泉入ったりさ」
「なんか嬉しそうだね」
「芳香もさ、手術後3年経ってこれだけ元気になったんだってさ、記念レースってことでもいいと思うんだよね」
「う、うん、そうだね」
遥香さんは強引です。
そうじゃなきゃ出なかったかもしれないけどね。
この火あぶりマラソンは体力の消耗が激しいと聞いていたので少し控えめなスピードで走る。高低差300m、ただでさえ標高が高くて空気が薄いのに更に300m登って下らないといけない。
平坦な道を進むよりも足を持って行かれるだろう。
人を殺す気じゃないかと思う。それだけの殺気をコースから感じる。何かこうオーラを放っていそうで粗相をしたらスピリチュアル的な何かに当てられてしまいそうだ。富士山とか霊峰だし。
心臓は走る度にトクントクンと大きく鼓動して全身にエネルギーを巡らせていた。
「がーんーばーれー!」
沿道で少年が叫ぶような大きな声で声援を送ってくれる。
精一杯の声、届いているよ。
こうやって大会に出ると沿道の声援が嬉しくて頑張れる。一緒に走ってくれる人がいっぱいいるからかな? いつもより頑張れるんだ。
イヤホンから激しいギターとドラムの音が聞こえてくる。沿道の声援がライブ会場のざわめきのように感じる瞬間がある。
あ、イヤホンはちゃんと外の音も聞こえるタイプのです。耳栓型は危ないので気を付けましょう、って誰に言ってんた。
今聴いている曲はきみが好きと言っていたロック。
歌を歌うように。大きく息を吸い 身体中に酸素が行き渡る瞬間を感じる。
心臓が刻むリズム。高鳴っているのはきみが楽しんでいるからかな?
「ジミヘンが好きなんだけどね。知ってるジミヘン」
「ジミヘン? 知らないなぁ」
「ギターの神様って言われててさ、もうカッコいんだよ。もう死んじゃってて何年も前の人なんだけど今でも伝説の人なんだよ」
「へぇ~、きみはジミヘンのどこが好きなの?」
「とにかくなんて言えばいいんだろう、ギターの可能性を全て引き出してくれる、音が自由で心を掴んで離さない、そんでもって無茶苦茶揺さぶられて僕のすべてをひっかきまわしてくれる。それでも凄すぎて、ただ凄いとしか言えないくらいね」
「そ、そうなんだ。私もいつか聴いてみたいな」
他にも好きなアーティストの話は聞いたけど、ジミヘンが浮かんだのはギターに火をつけた人なんて話があるからかな?
病気を患っていた時、激しいロックは聞けなかった。
心臓に負担がかかるから。
そんなことは無いんだろうけど、聞こうとすると何故か止められていた。
「きみはいつも来てくれるけど仕事ちゃんとしてるのかな?」
「きみこそ病床にいるけど仕事を手放さないのはいったいどういうことなんだい?」
「そんなきみのことが好きなので、僕はここで仕事をします」
「仕事大好きな私がそんなきみを好きになると思う?」
きみはちょっとしかめっ面をした後に私の腕を握った。
「うん、大丈夫。脈はあるね、よかった」
「何がよかったよ、勝手に納得してないの。ほら仕事、しごーと」
幸せな時はどういう時なんだろう。
触れるほど熱く、温もりは私を簡単に堕落させる。
きみはロックなんかよりも負担が大きいと分かっているのかな?
一時の交わりはそれで終わり。
抑揚の最高潮 頂きが高ければ高いほど谷も深い。
それは突然のできことで私は受け入れることしかできなかった。
マラソンを走り終わって温泉でくつろいでいる。外では祭りが行われていて太鼓の音が聞こえていた。ドン、ドンという太い音は心臓のリズムと同期して気持ちを高揚させる。お祭りはさぞ盛り上がっていることだろう。
「あー疲れたー。温泉気持ちいいー」
「ほんと気持ちいいね。お湯が体に染みてくる感じ。今日のはハードだったなぁ」
「ちゃんと走り切ってたじゃない」
「ほんと、奇跡だよね。こんなに体動かせるなんて思ってもいなかったよ」
遥香は口から魂を吐き出したなアホな顔をしながら湯船につかっている。
私もきっと似たようなものだろう。全身がぐっと疲れていて体が重いけど、お湯の中だと軽くなったように感じる。極楽とかつい言いたくなってしまいそうになる。
「あれから3年かぁ、早いものだね。聡美君に感謝しないといけないね」
「うん、そうだね。遥香もありがとうね」
「うんうん、いっぱい感謝してー。だから後でお祭り一緒に行こうね」
「そうだね、音を聴いているだけでも楽しそう」
私は胸に手を当てて聡美君のことを考えて見る。
聡美君、3年という月日を経てもきみへの想いは変わらないよ。私はちゃんと生きている。きみと一緒に今も生きているよ
ドキドキしているのがわかる。
ごめんね、もっと君のために笑いたかった。
一緒に遊びたかった。
素敵な景色を一緒に見て感動を分かち合いたかった。
一緒に元気に動き回る姿が見たかった。ライブにも行きたかった。
いろんな想いがあるけれど、ありがとうって気持ちもいっぱいいっぱい、どうやったらきみのこの気持ちを返せるのだろう。
「あ、聡美君のこと考えてたでしょ」
「遥香が振ったんでしょ」
「あぁ、そうだったね。聡美君、お風呂にまで一緒に入ってきちゃうなんてエッチだなぁ」
悪い顔をして遥香が近づいてきた後に私の胸に耳を当ている。
「どれどれ、おやおや、随分と鼓動が早くなって、これは確信犯ですな」
「ちょっとどこの名探偵よ、そんな人じゃないもん。それに誰だってこんなことされたらちょっとドキドキしちゃうわよ」
恋人の適合者。
僕が心臓として彼女に移植されてから三周年。
止まらずに動き彼女を支え続けている。
きみの息吹を絶やさぬようにいつまでも共に歩みを進める。
きみの可能性をどこまでも広げていく。
脈があるか、脈が無いか、腕を握って考える 空音ココロ @HeartSatellite
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