浜辺。大河。城壁。

 城壁の向こうには海がある、碧い色をした海が波音を立てながら城壁にぶつかる。ここは碧くも生命の無い海と生命に溢れる大地の境界線。生と死の境界という人もいる。見方を変えればここは私たちという存在がこの世界を切り開こうとする意志と自然の驚異との最前線と言えなくもない。

 周りを見渡すと東の地平線からは太陽が昇りつつあり、朝焼けに覆われた空を徐々に青くしている。都市を囲う城壁には南、東、西の3方に門が有り、朝早く出発する馬車や隊商、新たな地を目指す開拓者たちなど多くの人々が出入りをしている。

 海側には門がなく、城壁が海に伸びた場所が大きな港となっている。海の下には生命はいないが幸いにも落ちただけで死ぬような海ではなかった。そのため海は人々の重要な道となっている。港も日が昇り始めて港外に停泊していた商船が我先に入港しようと動き始めている。港の中の船も積み荷を積んで日の出と共に出発を始めている。


「今日の空も綺麗…」


 朝陽に照らされる空を見上げながらそう呟く。城壁の上には誰もいない、緊急時でもなければ兵士が見回りにくるのは20分に一度くらいだろう。なので朝に城壁の上に来る人といえば兵士と船が出るのを見送る人、そして私のように朝陽を見る人くらいか。

 雲が少し空を隠してはいるが空が青く出ている部分の方が多く、天気は晴れと言ってもいい。風は穏やかに頬を撫でてくる、今日は絶好の飛行船日和と言える。そう思って、空を見ていると東の方に飛行船が見えてきた。最初は米粒程度だった飛行船はだんだんと大きくなってくる。大きな金属の船体が空に浮いているのはまさに飛行船と言えるだろう。船体には船を固定する碇、客が乗降りする扉、回廊を有するデッキ、そして外装に覆われながらも薄い青い輝きを放つ浮遊装置、船尾に着く大きな回風車、それらのものが飛行船を船とも地上の建物とも異なる形にしている。その姿は生命の存在する内海にいる鯨という巨大な生き物のようだ。

 あの船は大陸横断を終えて、この都市に降りてくるカムナイ航空の豪華客船だろう。大陸の端と端を結ぶために船体はとても大きく中には寝台や食堂、果ては風呂まで設置されている。その分、客室は種類によってはとても高くなるが陸地を旅するよりは安全に早く着くことができるので多くの人に重宝されている。今日もたくさんの商人や貴族、外交官、旅行客などを乗せてきたのだろう。ここは2つの港、海の港と空の港が交わる結節点、交通の要衝となっている。

 街の中心から少し外れた所にそびえる塔の周辺が空の港となっている。その船は塔に向かって真っすぐに進んでいく。塔にはすでに何隻か船が繋がっており、大きな船はそこで乗客は乗降りをする。そこまで大きくない船は塔の周辺に降り立ち、客や荷物の積み下ろしを行う。この城壁から見ているとこの街がいかに多くの人がやって来る場所かというのがわかる。


「今日も沢山の船が来てる」


 客船が塔に着き、人々が降りてくると同時に街の店は次々と営業を始める。パン屋、レストラン、弁当屋、新聞屋、はたまたホテルも着いて疲れた旅行客に営業をかけている。この都市まちは船が来ると活気に満ち溢れるそんな街だ。

 少し、城壁の上を移動し北へ向かう。北側の城壁からは街の外を流れる大河が見え、その水は陽の光を浴びてキラキラと輝いて見える。大河は遥か果ての雪山から水を運び、海へ持ち込む。それは女神が生命のいない海を憐れみ、少しずつ水を注いでいるのだと言われてきた。

 海や大河、空を見ていると本当に世界は綺麗だと感じる。例え生命が居なくても水は絶えず流れてくる。その営みと活気あふれる人々の活動を見て、私は生きていることを実感した。


「お嬢様、そろそろ時間です。よろしいでしょうか?」


 気が付くと後ろに青いベレー帽を被った女性が立っている。その周りにも何人か人がいるようだ。私が屋敷を抜け出しているのが見つかったのだろう。とは言っても怒っているわけではなさそうだが。


「ええ、大丈夫です。パトリシア」

「では行きましょうお嬢様」


 パトリシア、それが彼女の名前だ。私は一応護衛される立場になるが偶に生真面目すぎる彼女を少しからかいたくなることがある。流石に羽目を外し過ぎるととても厳しく言われるので程々にではあるが。とは言ってもいつも守ってもらっていることには感謝している。これから向かうのは大河の横に建てられた内陸の都市。古都と言われるこの地域の学術や文化の中心。そしてかつての政治の中心である。またあまりにも歴史があるためか、今の技術では原理不明な古代の機械類が見つかるなど古代人にとっても重要な場所であったらしい。これから3年勉強できる環境としては最上の場所だ。


「ありがとうパトリシア。護衛としてコートニーの公立学院へ行くのを許可してくれて」

「私が許可したわけではありませんが、お嬢様の希望に添えるように大佐の方にはお伝えいたしました」

「それでもありがとう、そう言わせて」


 私は軽く笑顔を浮かべる。お世辞や儀礼でそう言っても感謝はしたい、そういうものだ。パトリシアに感謝をした後、城外に向けていた視線を城内に戻す。しばらく戻ることのないこの場所を目に焼き付けておこう、そう思った。やはりこの都市まちはいい所だ、生まれた場所というのもあるがここを離れるのが惜しくなるほどだ。

 でも旅立ちの日はいつか来る、そう考えると爽快な気分で旅立つことができるのも悪いことではない気がした。


「さあ、行こうパトリシア。目的地まで」


 私はホルスターに入れてある銃を見て星散石たまが入っているのを確認する。よし、大丈夫。必要なものもショルダーバッグに入れてあるし。問題ないだろう。


「私達がいるとは言っても旅の心得は忘れていませんか?」


 パトリシアは心配して聞いてくる。流石に私が城育ち王宮の箱入り娘でもそこは知っている。


「一人で動かない、無理をしない、連絡を取るでしょ。そこを間違うと死につながるって先生にも言われたから、そこは意識してる」

「なら良かったです。そこについて意識してなかったら道中はどんなベテランでも危険ですしね」


 そう、都市まちの外には危険が沢山ある。鈍く輝く石を持つ怪物、人とは異なる言葉をもつ種族、古代遺跡の警備ゴーレム。街道を一歩でも離れれば死んでも文句は言えないほどだ。それほどに危険なため都市と都市の間は飛行船での移動が増えている。でも街道を歩かなければ移動できない人たちやたどり着けない町や村もある。だからこの世界には開拓者や傭兵の存在が必要になるのだろう。だから私は少し危険だとしても空の旅ではなく陸地を歩いてこの世界を移動したいそう思った。相談したときは親にもパトリシア達にも難色を示されたが、厳しい訓練を受けて護衛をつけることを条件に陸路での移動を認めてもらった。


「よし、荷物もばっちりだしそろそろ行こう」

「ええ、行きましょう」


 持ち物のチェックを一通りして城壁を降りて雑多な建物が並ぶ商店街を通り抜け南側の大手門を目指す。ここを見るのもしばらく無いと思うと僅かに寂しさや悲しさを感じる、でも進まないと。しばらく通りを歩くと大手門が見えてくる。大手門の先は私たちが目指す都市へと繋がる街道となっている。門の前では常に衛兵が目を光らせており、その横を商人や傭兵、開拓者がひっきりなしに出入りしている。私達もその雑踏に足を踏み入れて門の下を通り過ぎる。これで都市まちの外へ出た、これで私たちはここの住人ではなくなった。次の都市まちに着くまでは旅人だ、そう思いながら、大河の河口付近に建てられた大きな城壁を持つ都市――モイロから私たちは旅立ち浜辺に沿う形の街道を歩き、一路コートニーを目指していく。その先には青い空と白い雲が僅かながらに浮いている大きな自然が待ち受けている世界が広がっている。この世界には生きるに厳しい所もあるけれどこんなに豊かなところもある、そう思いながら私は進んでいく。道はまだ始まったばかり――。


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青くて碧いガラス玉 豊羽縁 @toyoha_yukari

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