傷だらけのタンス

押見五六三

全1話

あの子が居なくなって三年が経った。


何処に行ったのだろう?

いつ帰って来るのだろう?

何処かの家に住んでいるのかな?


私はいつか帰って来ると信じて信じて、かれこれ三年待っている。


戸口が開く音が聞こえる度に「キター!」って思って、全速力で走って出迎えちゃう。

お外に居る時、草むらが揺れたら「あの子かな?」と思って、暗くなるまで探し回ってしまう。


そんな日々が三年も続いている。


ママはあの子は「お空に行ったのよ」って言って、タンスの上のあの子の写真を眺めては、いつも悲しそうな顔をする。


〝お空〟って何処かな?

お外の上に在る所かな?

どうやってあんな高い所に行けるのかな?


会いたいな…

又、あの子と遊びたいよ…

ボール遊びや追いかけっこ楽しかったなぁ…

あの子の膝の上で、〝なでなで〟されながらゆったりお昼寝したい。


ママはソファーに座りながら今日も悲しそうな目で、私が傷だらけにしたタンスの上を眺めている。


実は私はママの本当の子では無いんだよ。

本当のママとは、生まれてすぐ分かれたからあんまり覚えて無いんだ。


私は生まれてすぐに透明な箱の中にずっと住んでたよ。

回りにはお友達と…大きなお姉さんと…ここじゃ無い所に暫く居たんだ。

けどお友達は皆、誰かと一緒に居なくなっちゃった。

新しいお友達はどんどん来るんだけど、私、ずっとそこに住むのは駄目らしく、お姉さん困ってた。

「ずっとここに居たい」って、お姉さんに言ってたんだけど、言葉が上手く喋れないから伝わらなかったんだ。

「マンマちょうだい」は伝わるのにね…


でもある日、ママとあの子と出会って私をこの家に連れて来てくれたんだ。

最初は怖かったけど、ママとあの子はとても優しくて、すぐこの家の子に成れたよ。

三人でいつも遊んでいた…

私だけ言葉がしっかり通じないから、もどかしい時は有るけど、三人はいつも仲良しだったよ。


ある日、お散歩に行った時に近くのお爺ちゃんに聞いたら、私達は〝猫〟と言って、ママ達〝人間〟とは違うから言葉が通じないって聞いた。

けど、五十年したら人間の言葉が喋れるらしいから私、五十年頑張るんだ。

そのお爺ちゃんも「後三十年だから頑張る」と、言ってたけど最近見掛けない。

何処かに行ったのかな?


私は何処も行かず、もうこの家から離れないぞ。

だって、あの子がいつ帰って来るか分からないし、ママが一人に成ると悲しむから。


又三人で遊びたいな…

あの子、帰って来な…えっ?…この気配は…

まさか…

キターーーッ!!


ママ!ママ!

あの子だよ!サヤちゃんだよ!

ホラッ!帰って来たよ!

三年降りに帰って来たよ!!

あー言葉が通じ無い…もどかしい…


何処見てるのママ?

「何か居るの?」じゃ、ないでしょ!

ホラッ!タンスの横にあの子が浮いてるでしょ!!


あれ?ママ…もしかして見えてないの?


サヤちゃん!サヤちゃん!

私だよ!ミミだよ!見える?


あー!サヤちゃん笑った!

遊ぼっ!遊ぼっ!

あれ?サヤちゃんも人間の言葉喋れなくなったの?


ごめん…そっか…

もう一緒に遊べ無いんだね…


うん…

私も悲しいよ。

大丈夫…

私、ママのそばにずっと居るから…


もう行っちゃうの?

また、三年したら帰ってきてね。

約束だよ。


あの子は手を振りながら、私が傷だらけにしたタンスの横からゆっくり消えて行った。

ママは私がずっとタンスの横を眺めているのを不思議そうな顔をしていたよ。


私はあの子が消えた後、ママの膝に乗っかたんだ。

ママが寂しがらないように…


ママ…

私、頑張って五十年位はママのそばにずっと、ずっと居るから寂しがらないでね。

お礼とかいっぱい言いたいから…

けど、まず人間の言葉喋れたら、あの子がお空の上からママに会いに来てたことを話してあげるからね。






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