惨醜念少女

naka-motoo

惨醜念少女

 美醜をひっくり返す!


 わたしの悲願。


 似たようなことをやった人は今までもいた。

 美形ではない容姿を「キュート」という語彙とシチュでカモフラし、「いいね」を大量に摂取するSNSのキング・クイーン等々呼称される男女芸人。


 でも、根本の解決になってない。

 だって、彼女・彼らと同様の容姿なのにわたしは、


「キモイんだよ! 死ねよ!」


 と怒鳴り殺される毎日だから。


 どうすればいいのかなあ?と犬の散歩をしながら考えていたら、外套を着た老爺と行き当たった。


「事実をすり替えればよい」

「え?」

「キミの容姿が世界の美のスタンダードとなるよう、工作し続けるのだ」

「方法は?」

「自ら編み出せ」


 目からウロコだった。


 つまりこういうことだろう。


 自分に都合のよい常識を作り出せばよいのだ。


 わたしは遠大な3か年計画を立てた。


 1年目:構想

 2年目:資料拡散

 3年目:現行の美人どもを貶める


 特にわたしは3年目をただひたすら楽しみにして執念の灯火を燃やし続けた。


 1年目。

 わたしは中三の春休みから地元国立大学図書館の閉架書庫に毎日籠った。

 心理学・経済学・法学・理学・医学・化学・社会学・哲学・小説・エッセイ・あらゆるハウトゥー新書・実践経営書・・・ありとあらゆる書籍にあたり、美人と醜人を区分けするものの基準となるものがなんであるか、探し求めた。


 その結果をわたしは得た。


「なんとなく」


 それが結論だ。


 2年目。

 この「なんとなく」というのは言わば暗黙知だ。

「なんとなく美人」

「なんとなく醜人」


 わたしはSNSのアカウントを大量に作り、「なんとなく美人」の画像を次のコメントと共に流し続けた。


『誰がこれを美人と認定した?』


 次に「なんとなく醜人」の画像を次のコメントを添えて拡散した。


『あとひと工夫で美人』


 炎上が連日続いた。


「自分の画像晒したら?」

 というリプに対しては、

「わたしは相対醜人ではなく絶対醜人なので、いいです」

 と、我が身の憐れを嘆いてみせた。


 一度わたしが「なんとなく美人」と晒した画像の本人からDMが来た。


「削除して。謝罪して」


 わたしはDMは無視して、通常のリプでもって応答した。


「良かったじゃないですか、なんとなく美人で。いい意味でディスってるだけです。気にされない寛容なあなたに期待します」


 何度も何度もアカウントを停止された。


 3年目。

 わたしは高2になっていた。属性としては我が世を謳歌できるはずの永遠の17歳だ。ところがわたしはそのような役得に回ったことがない。

 だからこうしてし続けてきた。

 そしてとうとう、なんとなくの美人どもを貶めるための1年が始まった。


 実力行使。


 この言葉が意味することを、本当に行動としてやってしまうのが、わたしだ。


 インスタ、ツイッター、フェイスブック、ブログ・・・ありとあらゆるSNSに掲載されている美人どもの顔やらポートレートやらの顔面のちょっとした歪みをわたしは見逃さない。


 曰く、首が長すぎる。

 曰く、皴の具合が微妙だ。

 曰く、二重瞼が不自然だ。

 曰く、幾何学的な顔の造詣だ。

 曰く、人間がダメだ。

 曰く、ふくらはぎだけ太すぎる。

 曰く、性格が破綻してる。

 曰く、美人ってなんだ。


 を開始してちょうど3周年の日。

 執念の3年。


 世の中は、変わったのか?


「ねえ、キミ。ちょっと付き合ってくれない?」


 来た!


 蔑みを耐え忍んだ17年間。


 わたしにとってだけ都合のいい世界を実現しようと執念と醜い念でもって駆け抜けてきた直近の3年間。

 その、集大成の、3周年のこの日。


 振り返ると、そこには、優しいまなざしの、紳士が立っていた。


 そう、優しくわたしの意に任せると言ってくれる、紳士。


 任意を告げる、紳士。


「これ、キミのアカウントだよね」


 スマホでわたしのアカウントと、わたしがアップした、フォロワー100万人のSNS女王をあられもない姿にコラージュした画像をひらひらと目の前にかざす。


 わたしの意思を尊重した、任意の同行。


 わたしは彼についていった。


 惨めな醜い念でもって駆け抜けた3年間。


 悔いはない。

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