椎名ばべるの事件簿ー怪盗絵文字の登場と早すぎる引退
水偽鈴
第1話
放課後、手芸クラブに行くと大橋さんと世良さんが教室の隅であみぐるみを編みながら何やら話していた。世良さんが僕に気づくと
「男子ちょっと来て」
と手招きした。
「仁科くん星座全部言える?」
「言えますよ」と言って二人の近くの席に座った。
ほらね、とか嘘、とか言っていたので理由を聞いてみると
「大橋さんが大抵の男子は自分の星座は知っているけど全部は知らないって主張するから」
「賭けでもしてたんですか」
「まさか。でもすればよかった」
世良さんは話しながら編み物をしている。大橋さんは不満そうだ。
「言ってみて。疑り深いので有名なミズーリ州出身なので」
おひつじ座♈から魚座♓まで♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓ゆっくり言って証明した。
「なんでそんな話になったんです」
「十三星座占いはなぜ流行らなかったかって話じゃなかった」
「そうそう、へびつかい座⛎がかっこ悪いからじゃないかって話になって、で、男子は十二星座さえ全部言えないだろうって私が言って」
「いやかっこいじゃないですかへびつかい座」
「なんで」
「どこが👳🐍」
「『へびつかい座ホットライン』があるじゃないですか」
「なにそれ」
「ジョン・ヴァーリイのSFで、宇宙から謎の電波が飛んできて、調べに行ったら、みたいな話」
「SFを五七五で要約しないで」
「偶然です」
「SF読むんだね」
と世良さん。
「SFは別にどうでもいいんだって。ゾディアックキラーとか童謡見立て殺人とかそういう話をしてたんだ」
「物騒ですね」
「それでまだやってない見立て連続殺人って何かあるだろうか、十三星座はどうよ、って話になった」
大橋さんは編み物に集中すると話さなくなる。僕も自分の編みかけのセーターを取り出して編み始めた。
十三星座は多分相当分かりづらい。十三人死んで初めて十三星座キラーと分かるかもしれない。そして意味がない。
「二人とも編みながら話すことってできないのね」
と世良さん。
「苦手なんですよそういうマルチタスク」
「それを言うならマルチスレッドでしょ」
と大橋さん。また編み物をする。
「なんで」
「糸だけに」
「うまいこと言うね」と世良さん。
先に気づけばよかった。なんでなんて聞かなければよかった。二人で一ネタやったみたいで恥ずかしい。
「大橋さんミステリー読んでるのね」
「そうなんだけど。シリアルキラーの出るものを連続して大量に読んでたら人が死ぬのがなんかだんだんキツくなってきて」
「普通死ぬでしょ」
「登場人物に感情移入しちゃってこの子これから死ぬんだろうなと思うと可哀想で読むのやめちゃったり」
「だめじゃん」
カレー好きだけど辛いのが苦手みたいな話だ。
「被害者が全員同じ病院で生まれていることが分かって、産婦人科医が自分が取り上げた赤ちゃんを数十年後に殺して回っているって分かって、なんでそんなことしてるのかが気になって読み進められなかったり」
「いやそこはそういう物として受け入れないと」
気持ちはちょっとわかる。シリーズ物のドラマやなんかだととても変な、変すぎる犯人や意味のわからない動機がたまにある。そして目的と手段と、計画と衝動とが入れ替わったりぐちゃぐちゃになっていたりする。
「探偵ってプロフィールでなんかあったのかと思ったわ」
大橋さんはSNSのプロフィールに探偵と書いている。そのため関わらなくてもいい厄介事に何度か巻き込まれたりしている。
「そっちは面白いことはあまりない。猫を探すのはいいんだけど。もっと探偵っぽいことをしたい」
「たとえば」
「暗号を解くとか人が死なない程度の問題を解決するとか」
「地味ね」
「調べ物をしたり謎を解いたり。でも尾行は苦手なんだ」
それは分かる。ただでさえ目立つ人だし、苦手そうだ。
「そういえばモデルの仕事やってるんだからなんか派手な話はないの」
「あれはもっと苦手」
大橋さんは椎名ばべるという芸名でモデルをやっている。あまりテレビや雑誌では見ないがモデルにもいろいろある。聞き流していたけどミズーリ州出身というのは本当かもしれない。だがコーカソイドっぽいわけでもない。
「何」
気づいたら大橋さんの顔を見つめていた。視線に気づいた彼女は怪訝そうな顔で聞いてきた。
「ミズーリ州出身って本当ですか」
「何、疑ってるの」
「うまいこと言うね」と世良さん。
またオヤジギャグに加担させられたみたいで、質問の答は得られなくてげんなりした。
「ちょっとトイレ行ってきます」
そう言って中座した。トイレに行き用を足し、教室に戻ると「男子」と大橋さんに呼ばれた。名前を覚えられていないのかもしれない。
「この問題分かる?」と言ってスマホのメールを見せてきた。
怪盗絵文字の挑戦状
Q1 🥕👡⛵?
「わかります」
「えーなんで」
と世良さん。
「有名な曲だから」
「知らないわ」
「ポンキッキーズ見てなかったの」
と大橋さん。
「あんまりテレビ見せてくれない家庭で」
「五十年も前の曲だから知らなくてもしょうがないですね」
「じゃあ歌って」
と手のひらを向けられた。歌うのか。仕方なく『一本でもニンジン』を歌ってヨットのところまで来たら
「ストップ」
と止められた。テープレコーダーか。
「人参、サンダル、ヨット。数え唄なのね」
「そう。5はなんだと思う」
「ゴルフ?」
「なんでそう思ったの」
「絵文字にあるから」
なるほど。ルールを知らなければそういうものだ。
「数え方はなんだろう。4ホール?4打?」
「やっぱりこれは問題が良くないわ」
と大橋さん。
「ごま塩の絵文字がないからごま塩って文字で書いて送ったけど、こういう特定の知識があると解けて、ないと論理的に考えても無理ってのはあんまり良くない」
もっともだ。
「仮に知識がなかったら何だと思いました」
「ヨットがなければギリシャかなあ」
「なんで」
「毒人参の汁を飲んで自殺したソクラテス、火口にサンダルを残して火山の中に消えたエンペドクレス。でもヨットが思いつかない。ヨットで自殺したギリシャの哲学者がいたら良かったんだけど」
別に自殺してなくてもいいんじゃないかとは思ったが黙っていた。
「そういえばこれは見立て殺人できそうね」
と思いついたように言い出した。
「ロケットはロケット花火で焼き殺せるし、七面鳥は口とケツに野菜を入れておけばいいし、蜂は二回刺せばアナフィラキシーショックで殺せるし」
「また物騒な」
「クジラはどうしよう。犯人が日本人嫌いの反捕鯨活動家ってことで」
「なんで外人がこの歌で」
「そこは日本人と思わせるためのミスリードで」
「なんかもっともらしいことを」
「送り主は誰なの」
と世良さん。
「捨てアドで名前はemojior110@なんちゃら」
「絵文字オア110、絵文字、もしくは110番ってことかな」
「絵文字か、いとうってことでしょ」
さすが大橋さんはダジャレに敏感だ。
「ダサい」
世良さんは時々ダジャレに厳しいようだ。
「絵文字って言ってるのにポケベル時代のような数字の語呂合わせ」
「全然関係ない話なんだけど、ホモサイトに友人のメルアドで登録しようとしたらそのアドレスは既に使われていますって出てびっくりするって話があるじゃない」
大橋さんが変なことを言い出した。
「ありますね」
「あれ思ったんだけど会員制の何かに登録するときってメルアドに本人確認のメールが来てそこから手続きして完了になる場合が多いと思うんだ」
「ああ、そうかもしれないですね」
「他人のメルアドで登録できるのって認証がいい加減な無料メルマガくらいなんじゃないかな」
「登録する気ですか」
「いや、しないけど」
「本当に全然関係ない話ね」
「言ったじゃない」
「あれ、返信来てたわ」
とスマホの画面を見せてくれた。正解と100点の絵文字。
「正解だったのね」
と世良さん。
「世良さんほんとにポンキッキーズ見てなかったの?たいやきくんも知らないの」
「それは昭和史の何かで見たような」
「そのおよげたいやきくんのB面の曲だよ。何百万枚も売れた」
「ああ、B面だから物理的に一緒に売れることになるのね」
「レコード会社がそのときのお金で建てたビルがたい焼きビルって呼ばれていて、歌手が二人共印税契約じゃなかったので儲けそこなったことで有名なの」
「それは可哀想」
でもそのネタを何回もテレビで話してるから元は取れてるような気もする。
昔は自分の曲の権利、歌唱印税や原盤権がない契約の歌手がわりといたらしい。今もそうかもしれない。コンサートで稼げればいいんだけど、そうじゃない場合大変だろう。もしレコード会社の人が殺されたら、そんな動機があるという理由で容疑者になる歌手がいてもおかしくない。なんだか考え方が毒されてきた。
「二問目はまだなの」
と大橋さんが僕に向かって言った。
「え、そうだったの」
と世良さん。
「考えてなかったんで終わりです」
「また考えておいてね怪盗絵文字」
🚀🦃🐝🐋🍹
「絵文字のクイズはジョン・ヴァーリイで思いついたの?」
「え、どうして」
「あのシリーズの未来社会では識字率が下がっていて、普通の文章の他にレベルに合わせて易しい言葉版や絵文字入りみたいなのや動画ニュースがあるの」
「ガキが…なめてると潰すぞ、みたいな?」と大橋さん。
「そうそう。いや、レベルはそれくらいだけど、文字がないの。文章を読めない人向けに読み上げる」
「ふーん」
「SFも読むんですね」
「で、どうなの」
「いや、偶然だったんだけどそう言われるとそんな気もしてきました」
「そう」
編み物は全然進まなかった。僕は他人の話を聞きながらなにかすることもできないようだ。
椎名ばべるの事件簿ー怪盗絵文字の登場と早すぎる引退 水偽鈴 @mizunisesuzu
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