これからもずっとあなたの隣に
揣 仁希(低浮上)
僕と彼女にとっての記念日。
彼女がこの国に来てもうすぐ3回目の春がやってくる。
最初の2年間は、正直アクシデントの連続だった。
干ばつに河川の氾濫、山火事もあり一時は村の存続も危ぶまれたくらいだった。
昨年は比較的安定してくれたおかげで復興も進み森も開けて随分と家屋も増えた。
近隣(と言ってもバスや電車を乗り継いで半日はかかるんだけど)からの移住者も増え今では村というか町に近くなってきている。
「チカサン、オツカレサマ」
「お疲れさま〜」
彼女は今、この町の学校で日本語を教えてくれている。
小さな子供から大人たちまで熱心に彼女の授業を聞いている。
彼らの多くは今まで教育らしい教育も受けてこなかったため教わることがこの上なく楽しいらしくほっておくと夜遅くにまで学校にいる。
一応は午後の4時には学校は終わること、土曜日曜はお休みということにしているのだが、彼らの学習欲の前にはそんなことは関係ないらしい。
彼女もそんな彼らに熱心に教えてくれている。
特に小さな子供達は、教育を受けることが出来ない他の村や町の親達にとっては是が非でも教わりたいらしく半日一日かけて授業を受けにくることも珍しくない。
「チカちゃん、今日もご苦労様」
「ハルキくんこそ大変だったでしょ?」
僕は今日まで都心部で開かれていた会合に出席していた。
それというのもこの町の近くに鉄道が建設されていて駅を作るかどうかを昨年より議論している。
財政が決して良くないこの国にとってはたとえ小さな駅であろうと、はいそうですかと作れるものではないのだ。
僕も含めた各国から支援に来ている同士達が議会でその有用性を訴えていた結果がようやく出たのでこうして一時的にではあるが帰って来た。
「それでどうだったの?鉄道の件は」
「うん。優先順位は高くはないんだけど来年か再来年には駅の建設が出来そうなんだ」
「やったね!頑張ってきた甲斐があったじゃない!」
「うん。でも国の財政状況によってはどうなるかわからないからね、ちゃんと決まるまでは素直に喜べないよ」
チカちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら僕は窓から外を眺める。
僕と彼女が暮らすこの家は丁度町の中心部に建っている。この町が村だった頃にみんなが僕達のために建ててくれた家だ。
夜9時を回っても町の中央部はまだ人がそれなりに行き交っている。
娯楽もなかった村には小さいながらも飲食店が出来たりちょっとお酒を飲める店も出来た。
僕がここに来て10年以上、確かに僕はこの町を一から作ってきたし発展に貢献してきた自負はある。けれどもそれは町のみんなや各国からの支援があってのものだ。
町のみんなが僕がこの町の代表になることを望んでいることは百も承知なんだけど、中々踏ん切りがつかないでいる。
「町長のこと考えてるの?」
「うん。今回の議会でも結局僕が押し切った部分も多かったしいいかげんに覚悟して臨まないといけないのかなと思ってね」
「いいんじゃないかな?町のみんなもハルキくんが代表になってくれるのを望んでいるよ」
「わかってるんだけどね・・・」
「もぅ、ハルキくんらしくないよ。ビシッと決めてよ。来年にはパパになるんだから」
「ビシッとって言われて・・・・パパ?」
今、チカちゃんはパパになるって言った?
「ち、チカちゃん?パパって?えっ?もしかして・・・」
「うん、3ヶ月だって」
チカちゃんはほんのりと頬を赤らめて優しくお腹を撫でた。
「・・・ええええぇ〜〜〜〜!!!」
僕がパパ・・・パパ?僕とチカちゃんの子供。
思わず僕は大声で叫んでしまった。
バン!バン!
勢いよく家の扉が開いて次々に人が入ってくる。
「ハルキ!ドウシタネ!」
「ハルキサン?ダイジョウブ?」
「ハルキ!ナニカアッタカ!」
「おい、ハルキどうしたんだ?」
家の壁が薄いので大声を出すと近所にまる聞こえなんだった。
「ああ、ごめんごめん。みんな、何でもないから大丈夫。トモヒロも何ともない・・から?トモヒロ?」
「あっ」
「えっ?」
「ん?」
「なんでトモヒロがいるんだよ〜〜!!!」
「トモヒロくんなら一昨日から来てるよ?あれ?言わなかったっけ?」
「チカちゃ〜〜ん、聞いてないよ〜〜!」
チカちゃんがこの国に来て僕の妻になって丁度3年目のこの日は僕にとって忘れられない日になった。
記念日というにはおこがましけど、僕がパパになることを知った日にこうして3人で祝えたことに感謝しないと。
あれ?でも何でトモヒロがいるんだったっけ?
これからもずっとあなたの隣に 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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