嫌な噂と挙動不審な彼女

新巻へもん

学校にて

「なんであんな奴が佐々木さんと付き合えたんだ?」

「ミキちゃんにはどうみても釣り合わないよね」

「昔の秘密をネタにゆすったらしい」


 おいおい。聞こえてるぞ。


 もうすぐ10月になろうというのに残暑が厳しい。教室の窓は全開になっているが、カーテンを揺らして入ってくる埃っぽい風は生ぬるい。俺は昼食後のひと時を自席でだらだらと過ごしていた。お腹も一杯でぼーっとしてくる。机に突っ伏して、頭を腕に預けていた。


 俺がミキと付き合いだしたという噂は光の速さで学年中に広まった。なんで、そうなったのかは知らない。まあ、新学期ともなれば、そういう話の一つや二つはあるわけで、別段俺たちの話がそれほど盛り上がるとは……思っていなかったと言えば嘘になる。


 元々、俺とミキがよくつるんでいるということだけでも十分に周囲には不可解だった。正直、俺もなんでアイツがOKしたのかイマイチ良く分かっていない。まあ、この幸運には感謝をしている。ということで、こそこそと何を言われようが、気にしていなかった。この先どうなるかは分からないにせよ、今は十分に幸せだったからだ。


 そんな噂話よりも、俺は今遊んでいるカードゲーム「センゴク☆サモナー」の3周年記念パックを買えなかったことの方に気を取られていた。その為の資金は、この間水族館に行ったときにミキにぬいぐるみをプレゼントするのに消えていた。帰り道にぎゅーっと抱きしめるほど気に入ってくれたのでそれ自体は別に構わない。


 というか、俺がぬいぐるみと代わりたかった。俺の肩に頭を預けて転寝するミキの髪の毛から立ち上るシャンプーの香りだけでも十分な刺激だったのに、あんなに体の一部の形が変わるほどぎゅっとされるのを見ているだけで俺の頭はクラクラした。少し寝ぼけているのか霞がかったミキのご尊顔を拝することもできたし十分元はとっている。


 問題は、来月の小遣いの前借りをできたときには記念パックが売り切れていたことだ。初版のみに収録されていたカードが限定復刻されており、ちょっと悔しい。大きめのショップまで行けばまだ残っているのかもしれないが、それはそれで面倒だった。


 そんなことをぼーっと考えている俺の態度が癪にさわったのか、教室の隅で噂話に興じている連中が今度は矛先を変えてきた。


「でもさ、佐々木さんも可愛い顔してあれで……」

「何? 何?」

「太田が昨日、佐々木さんを栄町で見かけたらしいんだけどさ。何とスーツを着た男と腕を組んで歩いていたらしいんだ」


「えーなにそれ?」

「男の方は後姿で顔は良く分からなかったらしいんだけどさ」

「栄町って、まさか、アレに行くところだったとか?」

「うわー」

 

 うわ。めんどくせえ。わざわざ俺に聞こえるように話をしてやがる。栄町というのは繁華街の一角で、奥の方に行くと派手なネオンサインが煌めくホテルが数軒立っている。飲み屋や飲食店、ゲームセンターなどもあり、完全にそういう街という訳でもないのだが、どうやら、そっちの方向で話をまとめたいらしい。


 アホかと思う。ミキがそんな所に用があるとは思えなかった。仮に1万歩譲ってミキがそういう場所を利用するとしても、同じ高校の連中がうろうろする場所を利用するほど馬鹿じゃない。


 ただなあ。俺の胸がチクリとする。

「2つ。どうしてもやむを得ない場合を除き、別の異性との二人きりの行動はしないこと。もちろんこれは私にも当てはまります」

 これは、ミキが俺の告白にOKを出したときの条件だ。


 ミキはこういう約束事はきちんとするタイプだ。約束の時間に遅れることもない。学校で被っている皮は猫何匹分かとは思うが、簡単に約束を破るとは思えなかった。ましてや、付き合いはじめてまだ1カ月。


 うーん。もう愛想をつかされたのか?


 チャイムが鳴り、午後の授業のために教室に生徒が戻ってくる。教室に入って来るミキと視線があったがツイと外されてしまった。え? 学校ではごく自然に振舞うようにしているが、今のはちょっと……。


 もやもやを抱えたまま授業が終わり下校となる。高校から自宅まではバスだ。ミキの家と自分の家は徒歩数分の距離なので、当然バスは一緒となる。ミキは雑誌に出ていたパンケーキの魅力について力説しているが、何か態度が怪しい。やたらと髪を触っている。


 あまりはっきりとしたことは言えないが、ミキが髪の毛を触るときは、何か隠し事があるときのことが多い。まあ、湿度が高くて髪の毛がうねるのを気にしているだけのこともあるのだけど。ミキが俺の考えを読む能力に比べると俺の能力は圧倒的に劣る。後ほど、俺の家に来ることを約束して一旦別れた。


 30分程するとミキが手提げ袋を持ってやってくる。

「こんにちは。お邪魔します」

 俺の母親に丁寧に挨拶する。まだ、猫の皮を被っていた。


 俺の部屋に入って来ると床にペタンと座る。もちろん、お上品なお嬢様座りなんかではない。これからカードゲームで真剣勝負をしようというのだ。俺も机からデッキを持ってきて座る。ミキも袋に手を突っ込んでカードを出すのかと思ったら、怪しい笑みを浮かべる。


「この間はぬいぐるみありがとね」

「ああ」

「ちゃんと大切にしてるから」

「そうか。それは良かった」


「なんか反応薄いなあ。無理して大きなサイズ買ったからお小遣いがもうないんでしょ?」

「いや、そんなことは……」

「あるよね」


 ミキは袋の中の物を取り出して見せる。

「じゃーん。ヒロが買えなかった3周年記念パックです。欲しい?」

「欲しいです」

「素直でよろしい」


「どうしたんだこれ? 早々に売り切れてたはずだけど」

「栄町のショップに再入荷してたんだよね」

 栄町? そういうことだったのか。それじゃあ、一緒にいたというのは……。


「ちょうど兄貴が帰省したからさ。おねだりして買ってもらっちゃった。さすが社会人の財力は違うよねえ。パック全部頂くわ、ってやろうと思えばできたもん」

 ミキには10も年の離れた兄が居るのは知っていた。地元を離れて大学に進学し、そのまま就職したので俺の記憶にはそれほど印象がないが、昔ガキの頃会ったような気もする。


「こんなものでいいのかって聞かれたから、いーの、いーの、ってね。まあ、本人が欲しいならって顔してたけど、兄貴には理解できないかもね。それで開けないの?」

「いいのか?」

「もちろん。ちゃっちゃと開けてデッキ調整しちゃってよ。私はもう調整済みだからね」


 その後、暗くなるまでゲームをしたのは言うまでもない。

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嫌な噂と挙動不審な彼女 新巻へもん @shakesama

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