三周期のほうき星

ゆうけん

兄貴は俺の3つ上

 俺には自慢の兄貴がいる。


 年が3つ離れた兄貴。高校受験と大学受験が重なったり色々と大変だったが、苦難を一緒に乗り越えているような感じがして、なんだか誇らしかった。


 兄貴は何をやっても優秀で顔も整っている。美的センスもあるし、天体観測なんてお洒落な趣味もある。恋人に困ったことはないと思う。だけど、未だに結婚はしないんだよな。


 最近、中学の同窓会に行ったらしい。


 親友と野球の話で盛り上がったとか。親友は馬鹿力の四番打者をやっていた人で、俺も面識がある。清々しいほどのガキ大将な雰囲気だが、いつも豪快に笑う真っ直ぐな人だ。


 兄貴は二番打者ばかりしていたけど、本当は四番だって出来たはず。最後の大会では兄貴が四番の試合があり、俺は猛烈に興奮した。


 冷静でいつも的確な分析をする兄貴が、とうとう四番なんだ!とても嬉しかった。だけど、兄貴が四番で出た次の試合でボロ負けしちゃった。


 それでも俺の中では、四番の兄貴が誰よりも輝いて見えたんだ。




 そんな野球好きな兄貴に憧れていたものの、当時小学六年生だった俺は野球ではなくサッカーをしていた。野球では兄貴に追いつけない。そんな思いだったのだろう。


 俺も中学3年の最後の大会でベスト4まで行ったんだ。兄貴も応援に来てくれた。

 高校も推薦で、サッカー名門高校からの誘いがあった。だけど、野球を続けなかった兄貴に影響された俺も、サッカーを続けなかった。


 それでも、兄貴が今も野球が大好きなように、俺もサッカーが大好きだ。





 そんなこんな語ってしまったが、今日は久し振りに兄貴と天体観測。



 真っ暗な夜道。地元でも有名な天体観測スポットに向かっていた。

 俺が運転する車の助手席には、兄貴がいる。


「お前と一緒に彗星を見るなんて久し振りな気がするよ」


 夜景を遠く見つめる兄貴が静かに言った。


「そうだね。俺は家族を持っちゃったし、兄貴と予定が合わなかったから……。その……ごめん」

「謝ることじゃないさ。そういう意味で言ったわけじゃないよ。子供が生まれて忙しかったのは知ってるしね」


 いつもの優しい声で兄貴は答えたが、俺は心底申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 兄貴は人当たりが良い性格で、男女問わず人気がある。

 友達も沢山いるし、兄貴に好意を持っていた女性が、何人もいたことを俺は知っている。


 だけど、兄貴は独りを好み、静かに星を見ているのが好きな人なんだ。


 孤独が好きなのかは分からない。

 兄貴にとって天体観測は、間違いなく特別なもの。


 そんなことは分かっていたのに、誘いを何度も断っていた自分が情けないんだ。




「次のハレー彗星は2061年の7月28日か……もう一度見れるかな……」


 兄貴の声色はなんとも言えない悲しい声だった。

 だから、俺は出来るだけ明るい声で言った。


「前に見た時は、俺なんて3歳だったから! 一緒に見たらしいけど記憶にないんだぜ。兄貴は一回でも見れたんだから、いいじゃん」



「はは。そうだよな。3歳じゃ、さすがに覚えてないよな」

「そうだよ! ワールドカップだって4年に1回なんだぜ。ハレー彗星が75年に一度なんて、あんまりだ」


「正確には75.3年な」

「こまけぇ~! さすがマニアは違うぜ!」


 今日、兄貴が誘ってくれた彗星のことは、まだ聞いてなかった。きっとマイナー彗星なんだろうと思っている。だから、俺はスポーツネタで会話を盛り上げようとした。


「WBC(野球の国際大会)は2年に1回ってのも羨ましい」

「あれは元々、4年だったんだぞ。2大会目から2年周期になったんだよ」


「う~。でも、今は2年周期じゃん!」


 兄貴はケラケラと笑う。それに釣られ俺も。

 夜道を走る車内の雰囲気は、弾むように楽しかった。






 目的地に到着。


 兄貴は自慢の望遠鏡を組み立てる。

 俺は満天の星空を見上げていた。



「今日は天気も良いし、きっとよく見えるぞ」


 ちょっと、興奮した兄貴の声。

 それを聞いた俺もテンションが上がってきた。



「兄貴、今日見る彗星は何ていう彗星なんだ?」

「エンケ彗星。おうし座流星群の母彗星とも言われている彗星なんだよ」


「おうし座……」

「ほら、お前の息子。5月13日生まれだろ? しかも今年で3歳だ」


 たしかにその通りだったが、俺はいまいち兄貴の真意が読めなかった。



「エンケ彗星は3年周期なんだ。お前の息子も3歳だし、生まれて3周年。父親になったお前は、父親3周年。それのお祝いだよ」


 なんだそれ! 最高じゃんッ!


「くぅ~ッ! さすが兄貴! 敵わねぇぜ!」


 冗談っぽく言ったが、俺の瞳からは涙が溢れそうだった。







 澄み渡った夜空に瞬く無数の星々。


 その星の海を、薄っすらと優雅に横切る彗星は、ただただ美しかった。


 風もない、静寂の空を見上げる。

 その視線は優しく、温かな眼差しだった。




 流れ行く彗星はきらきらと尾をひいて、やがて星たちの中に消えていった。















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