3周年を迎えて
黒秋
とある日の生物研究部と こじつけ
放課後、自分の所属する部室のドアを開くと
パンパンパンッと心地よい破裂音が鳴った。
「やぁ後輩ちゃん、おめでとう」
「えっと、私今日誕生日じゃないですよ?」
「ん?あぁそうじゃないさ、
君の誕生日が二ヶ月十三日後ということは
皆知っているとも」
「いや皆知ってるわけないでしょ。
というかよく私の誕生日覚えてますね」
「愛しい愛しい彼女の誕生日だ、
その日まで残り何日かを覚えるのも
知性溢れる先輩の義務というものだろう」
「自分で言って恥ずかしく無いんですか?」
「恥ずかしく無いね!
私が天才的で運動能力も優れてて
顔がイケてるのは真実だ!
真実だから!大声で!堂々と言える!」
「…なんというか、気持ち悪いです」
「正しいことも大声で言えないこの世の中…
…まぁそれはさておき、だ。
今日は五月の十二日、
この部活が成立して丁度3周年なんだ」
「へぇ、そうなんですか?
あ、そういえば卒業した先輩達が
この部作ったって言ってたような…」
「あぁそうだ、しかし懐かしいなぁ。
この部室には当時何も無かった…」
「え?先輩、その頃入学してないでしょ?」
「うん。当時の部室のことなんて知らないし
そもそもここ生物教室なんだから
3年前も研究道具くらい置いてあるだろ」
「なにサラっと大嘘ついてるんですか」
「ジョークだよジョーク。先輩ジョーク。」
「…帰っていいですか?」
「いやあの嘘ついてごめん帰らんといて。
…まあまあ座りたまえよ、
今日は特別な珈琲を買ってきたんだ」
肩を揉みながら掴まれて
パイプ椅子に誘導される。
ふと、部屋のすみに置かれた
実験用のアルコールランプが
何かを熱していることに気づいた。
「あれ、それって何でしたっけ」
「サイフォンってやつだね。
たまに喫茶店で見ることがあってさ、
気になったから買ってみたんだ。部費で」
「え、部費で?…無断じゃないでしょうね」
「流石にそこまで悪いことはしないさ。
前年の部費が結構余ってたし、
顧問も興味があったらしいからね」
先輩はサイフォンに近づき、慣れた手つきで
温めた珈琲をカップへと移す。
「砂糖とミルクはどうする?」
「先輩と同じで」
「じゃあ両方とも少しずつ入れよう。
…おまたせしました、熱いから気をつけて」
先輩は声色を変えて店員のように演技し、
コーヒーカップを置いた。
カップを顔に近づけると
いつも飲んでるインスタントとは違う
複雑な香りを感じる。
…気がする。
「これ、本当に高級豆とか使ってます?」
「そう言ったろ?先輩、嘘つかない。
エメラルドマウンテンって知ってる?」
「あぁ、知ってますよ。
エメマン、ってやつですかね、
缶コーヒーとかで見ます」
「そうそう、それ。コロンビア産の珈琲豆で
渋みや苦みが少ない上に
ほんのり甘い香りと程よいコクがあるんだ」
「へぇ、よく知ってますね」
「天才…ですから?」
「…」
「…」
先輩がわざわざ用意してくれた
少し高い珈琲と菓子を楽しんでいる最中、
ふと…部活の3周年と
この高級珈琲タイムの何が関係あるのか?
という疑問が浮かんだ。
「あの、ところで先輩、
3周年記念だからって何かしたり?」
「んーいや、特に何も考えてないかな。
他の部員も今日は休みらしいし、
3年前に部を作った先輩方もいないしね。
…ま、二人で珈琲を飲みながら
ゆっくりと話でもしようじゃないか」
「いつもと同じですねぇ」
ズズズ、とまだ熱い筈の珈琲を
一気に飲み干したあと、先輩は話を始めた。
「さてさて早速だが、
3周年…いや、3という数字は2や4と比べて
キリが良い数字と思わないかい?」
「あぁ…まあ、確かにそうですね」
「その理由、知ってるかい?」
「理由?」
3という数字のキリがいい理由 なんて
考えたことが無い。
いや、というか答えはあるのだろうか?
「んー分かりませんね」
「そうか…うむ、
まぁハッキリとした答えはないんだけどね。
こじつけや人間の尺度が生み出した
奇妙なルールの一つだよ」
中身を飲み終えた
コーヒカップを洗いながらも
先輩は話を続ける。
「考えられる理由としてはいくつかある。
例えば…上中下、前編、中編、後編とか
3つに分けるものが多いからという理由。
三権分立とか三原色、三種の神器、
みたいなワードも入るかな。
ただこれは 卵が先か鶏が先か みたいに
元々3という数字のキリが良いから
こういう概念や単位が生まれたのでは?
という考え方もある」
「ポケ○ンとかでよく見る
最初の御三家とかもそれですかね」
「そうかもしれないね。
他には…10進数に関係する考えとか。
始まりの数である1と終わりの数10、
その両者の半分に来る5…
そして1と5、5と10の半分に存在する
3と7もキリが良い数字、
という考えさ。7の方もラッキー7だとか
7つの大罪とかの言葉がある」
「ドラ○ンボールも7つですしね」
「まぁ、うん…そういう概念は
アニメや漫画でもよく扱われる筈だ」
「北斗七○拳とかもソレですか?」
「いやそれに関しては
北斗七星だけで良くないかい?
さっきからどうしたのそのサブカル推し」
細かいボケにツッコミを入れ、
コホンとわざとらしく咳をして
話を再開した。
「さて、他には4(死)という
不吉な数字を避けているからだ
なんて考え方もある」
カップを棚に戻して
私の元へと急に近づいてくる。
「そして、だ」
「いや近いです」
「なんだもっと近くするぞ」
「…結構です」
チュッ
「そしてだ」
「いやいやいやいや!?何しれっと
キスしてるんですか!?
あと何事も無かったかのように
話を続けないでください!」
「えーいいじゃん、私たち恋人だろ?」
「唐突にキスとかダメですって!
…その、コーヒーとか飲んでますし」
「大変美味しゅうございました」
「とってつけたような変態発言…」
先輩のこういうところ、
意図的なのか天然なのかが
分かりにくくて困る。
「まぁうん、なんというか…あ、
付き合い始めて三ヶ月の記念だ」
「あって言っちゃってるし…
絶対こじつけの理由でしょ」
「そう!こじつけ!そういうことだ!」
「何ですかいきなりテンション上げて」
「3という数字のキリが良いのはなぜか…
ということで先程挙げたものの全てが!
こじつけに!すぎない!
何なら2だって4だって6だって8だって
キリの良い数だと 言い張る ことはできる」
話が乗り出した時、いつものように
腕を上げたり回ってみたりと
身振り手振りでのアピールが始まった。
「例えば2は…天地、表裏、現実と空想、
矛盾などの二つの概念や定義が
衝突することが多いからだとか
6は666で悪魔の数字、
三角形二つを合わせると
六亡星という形になるから、だとかな。
ははっ!万象は こじつけ でしかない!
偽りの中に真実は産まれる!
この世の全ては紛い物さ!ふははははは
「机の上に立たないでください」
「あ、はい」
先輩を静かに注意すると
一旦は冷静になり「よいしょ」と呟きながら
机の下に降りて脱いだ靴を履き直す。
だがすぐさま失ったテンションを取り戻す。
「まぁ、つまりはだな、
キリ と呼ばれるものが
生まれた理由はおそらく無い。
キリ は人の歴史や営みが偶然創り出した
ルールのような物、もしくは
ポピュラーな特別感だ。
そして特別感は最も便利な言い訳になる」
「はぁ」
つまり、と言われても内容が
分かりにくいのは
この人の話ぐらいだろう。
「誕生日とかクリスマスとかの特別な日に
ケーキを買ったり何かしら祝うだろ?
祭りだからと非日常的なことを行うだろ?
大抵の人間はそういうものだ、
思考を放棄してその隠れた特別性に従う。
キリ は偶然に生まれたんだろうが
あるべくしてあるルールなのだよ」
「へぇ」
「話を理解してないなぁ?
…ま、ぼんやりと分かれば良いんだよ」
と、先輩は暇な時には
こんな話を聞かせてくる。
何が優れていても
結局こういうところがあるから
先輩はモテないんだろう。
…なぜ私はこんな変な先輩と
付き合っているのか、時々疑問に思う。
「あ」
先輩が分かりやすく
何かを思い出したような反応を起こす。
…もしかしてまた別の長い話が
飛び出すのだろうか。
「そういえば何だが。
今日が正確な3周年記念かは私は知らない。
先輩方が部を始めた日付までは
私も覚えていないし聞いてもいない」
「え、えぇ…」
突然のカミングアウトに
空いた口が塞がらなくなった。
え、これ適当な日にやってたの?
「じゃあ何でこんな3周年記念とか言って
クラッカー鳴らしたりしてるんですか?」
「何となく良い珈琲豆を買って
後輩ちゃんに自慢しようと思ってたら
そういえば3周年ぐらいだったかなぁって」
「適当だったんですか…」
「ま、そういうこと」
…チュ
「え、えぇ!?このタイミングで!?
急すぎるでしょ!?」
「はっはっは」
「…人の唇を何だと思ってるんですか」
この人はそういう ムード とかを
気にしたりしないのだろうか?
キス自体はまぁ…良いとしても
タイミングが無茶苦茶なのが気になる。
「さ、3周年だから…」
「正確な3周年の日付知らないくせに
なに言ってるんですか」
「えへへ」
「笑って誤魔化さないでくださいよ。
…いっつも思ってたんですけど
何で先輩って変なタイミングで
キスするんですか?」
「何でって…」
「…」
暫く考え、結論が先輩の口から出た。
「好きだから?」
いやいやいや…
わざとらしく頰をかきながら
顔を赤らめるのは反則だろう。
「好きだからじゃ、ダメかな」
なにこの…原始的な照れ具合、
さっきまでのテンションはどうしたの?
…チラチラとこっちを見るんじゃない。
「…好きでもタイミングは考えてください」
「う、うん、分かった。
でもさ、君と私とでキスをすることに
度々の理由はいらないと思うんだ」
「…まぁ、次からはキスの理由なんて
聞かないようにしますよ」
…先輩を好きになったキッカケは容姿だ、
それは多分、間違えてないだろう。
だけどここまで関係が続いてるのは、
恋愛に対する真っ直ぐな心と
それが作り出す普段のギャップが
私の心に響いているからだろう。
3周年を迎えて 黒秋 @kuroaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます