六、生きろ

「お前、よくわかってねーみてーだけど。お前は今、死にかけてんだよ」

「え……?」

「お前がクスリを大量に飲んだ夜。あの次の日、お前は自分のベッドで目覚めたんじゃねー。お前は目覚めなかったんだ。お前の職場の人間が仕事に来ないお前の部屋に確認しに来て、お前は病院に運ばれた。今、お前の体は病院のベッドの上で。お前の魂は現世こっち冥府あっちをうろうろしてる状態だ」

「え、……。……え?」

「人間の体は魂が何日も離れていると自然に死に向かっていく。お前の体の限界はもうすぐ来る。そうなったらお前は死ぬしかなくなる。魂の帰る場所がなくなっちまうんだからな」

「……」

「お前がこないだ生きる気になったと判断したから、俺は離れた。今度こそ生きて寿命までまっとうするんだろうってな。それがどうだ。お前はまだ体に戻っちゃいねー上に、その体の限界がすぐそこまで来てる」

「……」

「もう決めねーとダメだ。今すぐ体に戻るか、このまま冥府あっちに行くか。時間がねーんだよ、お前には」

 アキの紅いに、ときおり怒りが混ざるのが分かる。

「……、冥府あっちに行った後、私はどうなるの?」

冥府あっちに連れてくまでが俺のシゴトだ。その先は知らねー。つーより人によって違うから一概にこうだとは言えねーっつったほうが正しいかな」

現世こっちに行ったら私はどうなるの?」

「寿命まで生きて、そのあと死神だれかに連れられて冥府あっち行きだ」

どっちにしても冥府あっちに行くなら、あとは早いか遅いかだけの違いなんだろう。

「……、俺は。お前には寿命まで生きててほしいって思ってる」

「……、どうして?」

「どっちにしろ冥府あっちには行くことになるんだ、急いでいく必要ことねーだろ」

 アキはふいっと私のほうに向きなおった。

「俺は。お前に生きて、そんで人間らしーこといっぱいして。いつか死神だれかが迎えに行ったときいろんな土産話できるよーなのがいいと思ってっから」

「……」

「そーやって冥府あっちに行った魂は次のたびも、しっかりやれるんだよ。お前みてーな甘ったれのガキはそーいうののほうがあってるよ。能天気に笑ったり泣いたり怒ったり。そういうたびがいい」

「……」

「寿命前に冥府あっちに戻った魂は、次のたびの準備が普通よりも長くかかるし、そーやって長くかかってようやく旅立ったみちでも、どことなく楽しめねーのが多い。お前にはそういう辛いたびは向いてないと思う」

「……」

「俺は。……、お前は泣いたりするより、能天気に笑ってるほうがあってる、と思う……、って人間相手に何言ってんだ、俺は」

アキはぐしゃぐしゃっと紫の髪をかきながら、とにかくだ、と続けた。

「生きてみろって。絶対、このままじゃ終わらねーから。絶対幸せだって感じること、あるからさ」

「でも……」

「何だよ」

「でも、それじゃあ、私。もう二度とあなたに会えないじゃない。生きてても死んでも。あなたに会えないじゃない。私、生きてても死んでもどっちでもいい。でもあなたに会えなくなるのは嫌だ」

「あのなぁ……」

「あなたにまた会いたい。会って話したりしたい」

「前も言ったろ……。死から遠くなった人間には、死神おれたちは見えねーんだって」

「でも死んでもダメなんでしょ?」

「まぁ、な……」

「じゃあ、あなたに会いたくなったらどうしたらいいの? 呼んでも来てくれないんでしょ? 来てくれても私、分からないんでしょ?」

「……、仕方ねーだろ!」

声を荒げるアキと涙を流し始める私の間に気まずい空気が流れた。

私は人間、彼は死神。そもそも接点など何もないのだ。あるはずがなかったのだ。

それでも出会ってしまった。

出会い自体をなかったことになんかできはしない。

こんなとき、ドラマや映画だったら、カミサマってのが出てきて、どうにかしてくれるのに、あいにくとそこまでは都合よくできていないらしい。

「どっちにしろ」

もう決めなきゃいけない、とアキは言った。

生きるか死ぬか、の二択を。


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私の愛しい死神様 くれない れん @kurenai-ren

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