2-34

 ……状況は、間違いなく動き出した。


 公安担当者の平松の死には心底驚かされたし、ULの襲撃の時には死を覚悟した。なんて運が悪いのか、これが、こんなのが自分の運命なのか、と諦観と悔しさが入り混じった。


 だけど、あたしは助かった。今もこうやって生きている。目もしっかりと見えている。


 目が覚めた時、あたしの護衛に現れていたのは、公安ではなくお人好しのUGXだった。


 まず最初にあたしを助けてくれた一ノ瀬由佳は、嘘をつくことが出来ない、真っ直ぐで可愛い同級生。


 続いて現れた一場善次朗は警戒しなければならない点が多いけれど、UGXなんて組織に所属してる上に、由佳が付き従っているところを考えれば、腹の底ではお人好しな人種だろう。


 少なくとも、あの平松に比べれれば圧倒的に生ぬるい、それだけは間違いがない。


 ……ようやく、運が回ってきたと、思う。


 少し前までの真希は、籠の中の鳥、それも籠を黒い布で囲われた光を奪われた鳥だった。平松の指示のまま、ただ一人の少女として、真也と共に生きていくことしか出来ない、多少の意趣返しをするのが限界だと、諦めていた。


 でも、今は違う。


 まだ、籠の中にいるのは変わらない、でも、黒い布は取り払われた。眩い光は入ってきたし、いずれ籠の何処に鍵がついているのかも探せるようになった。


 一瞬、下らない連中のせいでまた別の籠に移し替えられてしまう危機がついさっき起こったが、今度の籠の持ち主は底なしのお人好しだ。望みもしなくても勝手に守ってくれることが同時に証明された。


「おい、草津真也、今日はもうお開きにするからお嬢さん病室に戻してやれ」


 一場の声が耳に響く。


 真也は彼の指示に従って、真希の車椅子のハンドルを掴み、病室の場所を訊ねてくる。真希は、笑いながら場所を指さした。


「じゃあ行こうか」


 真也は車椅子を力強く押して、前へと進み出す。


 不意に真希は、車椅子を押す真也の顔を覗き込む。


 彼の黒い髪はすっかり変質し、燃えるような橙色に染め上がっていた。


 その結果に少し不満はないわけではないが、これは彼があたしのことを愛してくれた血を受け入れてくれた証明、そして、ずっと想い続けていた悲願が成就したことを示してくれた。


 彼は、やっとあたしと一緒になってくれた。


「どうした?」


 怪訝そうな顔を浮かべて真也が聞いてくる。


「ううん、なんでもないよ」


 あたしが微笑むと、わかった、と言って彼も笑い、車椅子のハンドルをさらに強く掴んだ。


 ……でも、謝らないといけないかな。


 真希は、心の中でそう呟く。


 最初は、彼と一緒になるだけで、それだけで十分だと思っていたけれど、今は少し、違う。


 人間、何か一つ欲しいものが手に入ってしまうと、今度はまた別のものが一つ欲しくなってしまうものだ。


 ……やっぱり、草津って名前も、欲しくなっちゃった。


 久々に呼ばれた昔の苗字、そして、あの低俗な連中の呼んだ崇拝の為の呼び名は、否が応でも輝かしかったあの頃の思い出を呼び戻してくれた。


 迷惑な連中だ、と思ってた彼らも、そういう意味では感謝しなければならない、車椅子で運ばれる真希は、そう思うと、また微笑むのだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

閃血戦記Calamity Frames dakira67 @dakira67

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ