第67話 3/3 クレア

「こちらです」


 夕暮れになっても尚、活気のある町並みを、俺はクレアに案内されるままに歩いていた。


「何処に連れて行く気なんだ? 辛いものを食べに行くとかか?」


 俺は四人でドーターでの街を回った事を思い出しながら聞いてみた。


「いえ、もう少しで夜になりますし夕飯は皆さんで食べましょう。……私のはそんなに時間はかかりませんので」


 そう言いながらスイスイと人ごみを進んでいった。……やっぱりやろうとしないだけで、クレア状態でも身体能力は高いのだろうか。


「ここです」


 そうして連れてこられたその場所は、時計塔がある広場のすぐ近くに建てられていた。


「ここは……」


「アンクルの街の教会です。さぁ、行きましょう!」


 俺は、優しい笑顔でいざなうクレアについて行くように中へと進んだ。


――


「お祈りをお願いします」


「どうぞ」


 中にいたシスターさんに許可を取り、俺達は赤絨毯の上を進んでいった。周りには木製の椅子が整列して並んでおり、進んだ先には祭壇が、その奥の何らかの装飾に彩られたステンドグラスから差し込む夕日の光に照らされていた。


 祭壇の前で立ち止まったクレアは、堂に入った仕草で一礼をした。……隣にいる俺もその雰囲気に何も言えず、慌てて真似をするように礼をする。


「……ここで右足を前にして跪きます」


 祭壇の前でスッと腰を落とすクレアにならって、俺も同じように跪く。……横目でクレアを見ると、手を胸の前で組み目を閉じて正に祈りを捧げていた。……どーしろと言うのか。


 俺はとりあえずぎこちない仕草で同じポーズを取った。うーん……祈るったっていったい何を……。俺は間が持てず、厳かな空気の中でとりあえず安全と健康を祈りながら時間を過ごすのだった……。


――


「どうでしたか?」


 教会を後にして広場のベンチに座った俺達だったが、クレアはいつもと変わらない優しい笑みでそう聞いてきた。


「なんか静かな雰囲気に飲まれてよくわかんなかったよ……」


「ふふっ、そうですか」


 夕日を眺めるクレアの横顔は、少し楽しそうであった。


「……やっぱりというか、クレアは様になってたよな」


「いつもやっている事ですからね、……レンさんもうまく出来ていましたよ?」


「……本当か? 自分で言うのもなんだが見様見真似でぎこちなかったと思うぞ? 若干周りのシスターさん達も見てた気がするし」


 するとクレアは、イタズラが成功したという様な子供っぽい笑みを浮かべた。


「あれは……熱心な人だと思って見ていたんだと思います。信徒ではないレンさんは、本来手を組んで跪き祈る義務はありませんから」


「何!? ……もっと早く言ってくれよ」


 よく作法を知らないから慌ててしまったではないか。


「全く……それで、次はどうする? 間も無く夜だが……」


「いえ、私の予定はこれだけです」


 あっけらかんと答えるクレアに少し驚いて、俺はベンチでうなだれている体を起こした。


「? もういいのか?」


「はい!」


 満足げな返事をするクレア。すると彼女はベンチから立ち上がってゆっくりとニ、三歩前に進みながら言った。


「レンさんと何がしたいかと考えてみたのですが……街で遊んだりする経験が無かったので……何をすればいいのかよく分かりませんでした……」


 ささやくような声色で呟きながら、彼女は立ち止まってこちらを振り向いた。


「だから、普段の私を知ってもらおうと思ったんです」


 夕日をバックに儚い微笑みを浮かべながらそう零すクレアは、どこか幻想的に見えた……。


「……いつもああして教会に祈りに行っているのか?」


 その姿に一瞬目を奪われながらも、俺は平静を装い何とか言葉を搾り出した。


「はい、時間のある時は……。習慣のようなものです」


「そっか、……毎日行ってたらそのうち祈る内容も無くなりそうだな」


 少し赤くなった顔を隠してくれる夕日に感謝しながら、俺は自分でもよく分からない事を言う。


「ふふっ、同じ事でもいいんですよ? 変わらずに思い続けるのも大切な事です。……今日は普段とは違いましたけど」


「へぇ、何を祈ったんだ?」


「今日は祈りではなく……“感謝”です」


――ドキッ


 俺は心の中とリンクしたかのようなクレアの言葉に内心ドギマギした。


「感謝?」


「はい、“このパーティーと巡り会わせて下さってありがとうございます”と」


 余りにも真っ直ぐな、穢れの無いクレアの微笑みに俺は面食らってしまった……。


「そっか……」


 今日一日でクレアのいろんな貌を見た気がするな……。


「はい……それでは皆さんの下へ帰りましょうか」


 そう言ってクレアは歩き出そうとするが……


「あっ、おい! 本当にもうしたいことは無いのか?」


「ええ、私はこれで十分です」


「いや、クレアじゃなくて……クラレは?」


 すると、俺の言葉にクレアは驚いたような顔で少し目を見開いた。


「ふふっ」


 そして何故か吹きだした。


「? どうした?」


「いえ……、ちょっと嬉しくなって。私もも」


「?」


 ハテナマークを浮かべている俺に向かって、クレアは言葉を続けた。


「ちゃんと別々に一人の人間として扱ってくれることが、です。あの娘も心の中で、珍しく少し喜んでいるようですよ?」


 あいつが……? 俺は鬼神の如きバーサーカーモードのあいつを思い出してしまい、喜ぶ光景が浮かばなかった。


「……でもあの娘のやりたい事は強敵と戦う事のようですし、また今度でいいと言っています」


 ……あんな強い奴と戦うのは当分勘弁してほしい。俺はこの街での戦いを思い出して気が重くなった。


「じゃあ私と戦う~?」


「うわぁ!?」


 二人の間に急にひょっこり現れたサラに、俺は情けない声を上げた。


「サ、サラ!?」


「そーだよー!」


 ご機嫌なのかサラはテンション高く返事をする。……両手には屋台で買ったのか、溢れんばかりの串焼きが握られており、それを器用にがっついている。


「お前、どうしてここに!?」


「? だって竜神祭だもん、たまってるクリスタルを街で使わないと!」


 何を当たり前の事を……とでも言いたげな顔でそう答えるサラ。そういえばそんな事言ってたな……。


「そしたらレンとクレアさんいたからさ! ……もしかしてお邪魔虫だった?」


 猫のような目でニヤニヤしながらこちらを見てくるサラ。


「子供がませた事言うんじゃありません!」


「むぅ~……これでも私の方がお姉さんなのに……」


 文句を垂れながらも串焼きをパクつく事は忘れないサラ。……こいつ食い意地が張ってるだけじゃないだろうな? そんな俺の疑惑の視線に気づいたのだろうか、それをスルーしてサラは俺に背中を向けクレアの方を見た。


「クレアさん! 夜クレアさん所行っていい?」


「ええ、いいわよ?」


「やったぁ! お泊りお泊り~♪」


 泊りの許可に、それこそ子供のようにはしゃぐサラ。


「おいおい、里の方はいいのか?」


「だって全部大人達がやって、私やる事無いんだもん。それに折角の竜神祭なんだし!」


 折角って……まるで修学旅行感覚で街に下りてくる竜とは一体……。


「そうと決まれば腹ごしらえしなくちゃ!」


「お前、まだ食うのかよ」


「だってまだ十周もしてないわ! ……街にお金使わないと!」


 疑問の視線に耐え切れず自分から言ったな……? こいつ絶対食べ歩きしたいだけだ。


「じゃあまた後でね! ……そうだ、クレアさんあのね……ゴニョゴニョ……」


 そう言ってクレアに何か耳打ちすると、サラは屋台を目指してそのまま去っていった。


「……ずいぶんサラに好かれてるな」


「……表に出しているのが私なだけで、サラちゃんは皆の事が好きですよ?」


 勿論レンさんの事も、というクレアの言葉を俺はいぶかしむ。


「それで、サラにはなんて言われたんだ?」


 俺は何となく気になった事を聞いてみたが、


「ん~……ナイショです。もう少ししたら分かります」


 とはぐらかされてしまった。


「では、皆さんの所に戻りましょうか」


 小悪魔のような笑みを浮かべたクレアは、そう言ってホテルへ向けて歩いていく。


「何だよ、教えてくれよ~」


 そう言いながら彼女を追いかける俺は、クレアとの距離が少し縮まったのを実感しているのであった。

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結局世の中ガチャ当てたもん勝ちですよね? 安登みつき @atomitsuki

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