第66話 2/3 フェリル

「ここらでいいでショウ」


 荷物をホテルに置いてきた俺達は、街の門を少し出た辺りの平原に来ていた。


「……折角街はお祭り騒ぎだって言うのにこんな何も無い所に来てどうするんだよ」


 何となく察しは付いているが……。腰の付加剣エンチャント・ソードに手をかけながら俺は一応聞いてみた。


「フフ……何も無いからいいんですヨ! をするにはネ! 『ソード』!」


(レン殿としたいことを考えてみると、楽しかったあの頃の朝稽古が真っ先に浮かぶ私は……やはりレン殿を守りたい、死んでほしくない、という気持ちの方が強いのでしょうカ……)


 文字スペルで剣を取り出したフェリルは心なしかイキイキとしている様に見える。……やっぱりか。


「確かに以来やってなかったな」


「ええ、剣の腕がどれほど上がってるか見てあげますヨ?」


 ふふん! と得意気な顔で挑発してくるフェリル。


「そんなモンそう簡単にはあがんねーよ!」


 そう言いながら俺はフェリルに切り込んでいった。


――ガキィン!


「……魔王軍幹部を二体も倒した勇者サマの実力を見せてくださイ!」


「その経歴で言うとお前もだろ……!」


――ギギギギ……


 鍔迫り合いをしながら軽口を叩きあう俺達。


――ギィン  ッキィン!


 迫り合いから力で少し距離をおいた俺は、再びフェリルに向かってゆく。


「思い出してきたよ、この感じ。今日こそ一本とってやる……!」


「フフッ! やれるものならですヨ!」


「今までの俺と思うなよっ!」


 再び二人の試合が始まったのであった。……あの夜とは違い二人共楽しそうに。



――



(今までの俺とは違う、と言うのは本当の様ですネ……)


 時折文字スペルで強化されてくる刃をいなしながら、フェリルはレンの変化を見極めようとしていた。


(一撃一撃が僅かに重くなっていル……剣筋も、身のこなしも……鍛錬をしていなかったとは思えない変わりようでス……何故?)


 鋭さを増す斬撃にだんだん余裕が無くなっていくフェリル。


――ガキィン!


「……まさかこっそりクエストに出かけているとかじゃありませんよネ?」


 上段から振りかぶる兜割りを受け止めて、フェリルは冷や汗を流す。


「そんなわけねぇよ。……なんと言うか、頭で考えるより先に体が動くんだ。こんな風になっ!」


――ヒュン


 レンは、受け止められたフェリルの剣を自分の剣と一緒に左に流し、同時に右に体を入れフェリルの体の横につけるように右足を軸に回転しながら斬撃を繰り出した。


「っ!!」


――ギィィィン!!


 その斬撃を、咄嗟に抜いたナイフで逆手で受け止めるフェリル。


「……ホント、素人だったとは思えませン」


「ナイフ一本で受け止めるお前も相当だと思うぞ……」


(この流れるような体捌き……まるで耳長族のような……私から学んだ? いや、いくらなんでもこんなに早くは……。まてよ、?)


――キィィン!!


 何とか二刀でレンの剣を弾いた所で、フェリルのソードが消えた。


「……」


「……どうしたよ? 次、出さないのか?」


 棒立ちのフェリルに向かってレンが次のソードの生成を促す。


「イエ、今日はこれぐらいにしまショウ!」


 不思議と上機嫌になったフェリルは試合の終了を宣言した。


「何だよ、もういいのか?」


「エエ! 目的も達成しましたシ、そろそろ帰らないと夕方になりますかラ!」


「??」


 要領を得ない顔で首を傾げながら剣を収めるレン。


(本人は気づいていないのでしょうが、「無」のラーニング能力は、もしかすると文字スペルに限らないのかも知れませン)


 満足げに自分の考えを纏めるフェリル。


(いえ、厳密に言うと「無」によるものではないかも知れませんが、レン殿の魂と混ざり合って発現した「無」のラーニング能力……。という事は、レン殿自体に技術を吸収しやすい素養があるのでショウ……)


(彼はどんどん強くなる。それこそ戦う毎に……いつか、私が守る必要も無いほどに。そうなった時に初めて……!)


「……レア殿のライバルになれるのかもしれませんネ」


「レアがどうしたって?」


「わぁあっ!!」


 件の人物に急に声をかけられたフェリルは、やっと脳内の世界から帰ってきた。


「……どうしたんだよ全く。黙りこくったと思ったら急に大きな声を出して」


「レン殿が急に話しかけるからですヨ……」


「どうしろってんだ……で? 帰るんだろ?」


「エ、エェ……」


 生返事を不審に思いながらも、二人は街へと引き上げて行く。


「……どうだったか? 俺、少しは強くなってたか?」


 急にそんな事を聞かれたフェリルは一瞬目を丸くする。


「……レン殿もそういう事気にするんですネ」


「当たり前だろ!?」


 心外だと言わんばかりにレンは抗議の声を上げる。


「……俺がもう少し強ければケロスも楽に倒せていたかも知れないし、……仲間を失う可能性も無くなるだろ」


 後半をボソッと呟くように言うレンに、フェリルは何だか嬉しくなった。


「……そうですネ、……さっきの質問ですが、まだにおいては私の方が強いですネ」


「やっぱりか……」


 ガックシとうな垂れるレン。


文字スペル有りの戦闘力なら……分かりませんガ)


 そんな自身の見立てを口には出さないフェリル。


「まぁまぁ、レン殿は確実に強くなっていますヨ! 私も研鑽しないと直ぐに追い越されるかもしれませン」


「本当か……!? よし、待ってろ。直ぐに追いついてやるからな!」


 レンのその何気ない一言は思いがけず、フェリルの心に暖かく、優しいものを広げさせた。


「ハイ!! ……待っていますヨ?」


 そう応えたフェリルの表情は、この日一番の笑顔に包まれていた……。



        §



 日が傾いて夕日が差し込み始める頃、俺達はアンクルの街に戻ってきた。……のだが、フェリルが門の傍で待っている人影を見つけたのか、俺の背中を勢いよく叩いた。


「さぁ、最後の一人が待っていますヨ!」


「いてっ、何だよ……」


 フェリルに促される方を見やると、門の近くではクレアが金髪をなびかせながら佇んでいた。

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