第65話 “魂石”

「なぁ、どういう事なんだ?」


 俺は、今度はフェリルに連れて行かれるがままに、賑やかな屋台が立ち並ぶ大通りを離れ閑静な店が点在する裏通りを歩いていた。


「どういう事、とハ?」


「今の状況だよ。何で一人ずつと回ってるんだ? ドーターの時みたいにみんなで回ればいいじゃねぇかよ、せっかく竜神祭なんだし」


「あぁ、その事ですカ」


 フェリルは立ち止まり、ウェーブのかかったセミロングの茶髪をなびかせながらこちらを振り向いた。


「昨日の夜、誰がレン殿と相部屋になるか三人で話し合ったのでス」


――ドキッ……


 俺はバツの悪い話題に少し冷や汗をかいてしまう。


「……しかしレン殿に選んでくれと言っても逃げられてしまいましたからネ。まだそこまでの親密度があるわけではないのではないか、という話になりましテ……それで、一人ずつ交友を深めて行こうというわけでス」


(まぁ三人だけの話は置いておきまショウ)


 スラスラと話すフェリルの説明に、俺は一応納得する。……それで昨日はああだったのか。


「……誰も来なくて残念でしたカ? せっかく鍵を開けておいたのニ」


「ばっ……なんでそれを……!?」


 ニヤニヤしながら極秘情報を暴露するフェリルに、俺はペースを乱される。


「それにしても心外ですネ~。あんな事があった手前、私はレン殿ととっくに深い交友を築けていたと思っていましたヨ~?」


 本気か冗談か分からないような態度でフェリルは自分の髪をクルクルと指でいじる。……こいつ、いつもみたいに遊んでやがるな?


「思ってもいない事言いやがって……お前もそんな気は無かったんだろう?」


 意趣返しとばかりに俺はジャブを仕掛けてみたが……


「……本当にそう思っているのですカ?」


 グイッと顔を近づけて、こちらを覗き込むように首を傾げるフェリルの悲しそうな表情に、俺は思わず息を呑む。……とんだカウンターだ。


「い、いや……」


 俺がしどろもどろになっていると、


「フフン、冗談でス!」


 フェリルはその物憂げな表情を、すぐさまニコッと笑顔に変えてまた前を歩き始めた。


(……今は、ですけどネ)


「お、おい! フェリル! お前また……!」


 慌てて後を追う俺にフェリルは、


「女の嘘を見抜けないといい男性にはなれませんヨ?」


 微笑みながら、そう返すのであった。……のだが、


「おっと……ここでス!」


 フェリルは少し路地に入った所にある店の前で立ち止まった。


――


「さすが火の街というだけあって、素材が豊富ですネ~……」


 裏通りの目立たない一角に建っているその店は、いわゆる魔法用具店だった。


「姉から“炎系”の素材を頼まれていましてネ~……折角アンクルに行くのなら買ってきてくれ、と。全く妹遣いが荒いんですかラ……」


 そう言いながらフェリルは、目的のものであろう素材をテキパキと選んでゆく。


「光系のもありますカ……? あと魔力を練り込んだレンズなんかも……」


 まだかかるであろう店員とのやり取りを横目に、俺は店内のものを見学していた。


 鈍く光る鉱物や毒々しい植物、何かの羽や動物の皮らしきものまで様々な商品が陳列されている。サイルさんの所とは全然ちがうな……。まぁ当たり前か。


 その中で俺は、何処かで見たことのあるような黒く光る石を見つけた。


「これは……? なんか見覚えのある様な……」


 はて何処だったか……。俺が頭を悩ませていると、


「それは無理ですヨ。さすがに高すぎまス」


 ヒョコっと耳……もとい顔を出してきたフェリルが口を挟んできた。


「無理って何がだよ?」


「アレ? プレゼント用にしようと思っていたのではないのですカ?」


「ちがうわ!」


「それは残念」


 わざとらしく肩を竦めるフェリル。……自分へだと思ってたのかよ。


「これ、なんだ?」


「これは魂石たまいしでス」


魂石たまいし? たましいじゃなくてか?」


 耳慣れない言葉に俺はつい聞き返した。


「まぁ関係はありまス。この石は触れた生物の魂を読み取り、自らの色を変える特性をもった鉱物でス」


「色を変える……? それだけか?」


「ハイ。幸せな人生を送ってきた人は黄色、悲しい人生を送ってきた人は青、と言う風ニ……」


 ふむ。そうなると俺の人生は一体何色になるんだろうか? 急に異世界にきて、自分でもハチャメチャな人生を送っていると思っているが……。


「しかしそんなモンが何故高いんだ?」


 俺は先程無理だと言われた言葉を思い出す。


「まぁそれだけではあまり意味の無いものですガ……魂石たまいしはスペルスタンプを作るのに必要なモノなんですヨ」


「!!」


 魂を読み取る……俺はこの世界にやってきた初日にイリアに教えられた事を思い出した。


――自分が生きてきた魂と交じり合ってその人固有の文字スペルが体のどこかに刻まれるのです――


 なるほど、そういう仕組みがあったのか。


「まぁ店で買うと高いですが、価値を知らない露天商が適当な値段で売っているかもしれませン。ちょうどお祭りですし探してみますカ?」


「いや、大丈夫だ。フェリルはもういいのか?」


「えぇ、頼まれていたものは大体揃いましタ!」


 用が済んだ俺達は紙袋を片手に店を出る。


「さて、次はどうする? お前の好きな甘いものでも食べに行くか?」


――ピクン!


「……魅力的なお誘いですガ、やりたい事があるのでそれはまたの機会にしまショウ」


 ……すました顔をしているが、甘いものと聞いた時耳がピクンと跳ねたのを俺は見逃さなかった。今度何か買ってきてやるか。いや唯一作れるクッキーでも作ってやるか、……何故作れるのかは思い出したくも無いが。


 俺が黒歴史を記憶の彼方へ追いやりながら、そういえば材料はこの世界にあるのか……? などと考えていると、


「ほら、行きますヨ! ……っと、一旦ホテルに荷物を置きに行きますカ。レン殿も剣を置いてきているようですシ」


「……剣?」


 俺はやけにワクワクしているフェリルを見て嫌な予感がした。

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