第64話 1/3 レア

「レン……」


「ダメ」


「ちゃんとお世話するから!」


「そういう問題じゃねぇ!」


 俺達は裏路地の怪しげな露店の前で、まるで親子の様なやり取りをしていた。


 ……俺とレアは、何を買うでもなく祭りで賑わう街を歩きながら屋台や露店を見て回っていた。時折、串焼きや甘味をつまむくらいで特に目的があったわけでもないようだ。何か買わなくてもいいのかと尋ねると、こうやって色々見て回るのが好きなのだと言う。


……どこの世界も女の子はウィンドウショッピングが好きなのか……? と言いそうになるが、横で目を輝かせているレアを見ているとからかう気も不思議と無くなっていった。


 そんな彼女だったが、あっちの方に行ってみましょ! と入っていった裏路地で見つけた露店に目を奪われていた。店の立て札には堂々とこう書かれていた。


“竜の卵売ります”


「怪しすぎるだろっ!」


 俺は露店に背を向けるようにして、レアを離れた場所に引っ張っていきながら小声で叫んだ。


「でも……見たでしょあの黒竜を? ちゃんと育てればうちのパーティーの大戦力になってくれるわ!」


「本物なわけねぇだろ! そもそも街の守り神を露店で売るやつがあるか!」


 あれが本物ならイグニス少年は嘘つき呼ばわりされなかっただろう。


「でもでも……! 万が一って事もあるわ! それにもしも竜じゃなかったとしても、何か生き物ならいいじゃない!」


 ……ん? こいつまさか……。


「お前……ペット飼いたいのか?」


「……いいえ? 私はパーティー強化を……」


 明らかに斜め下を見ながら否定するレア。 こいつ……! 俺は逸らした顔を覗き込むようにレアの視界に入ろうとするが……。


――ヒョイ


 今度は逆側を向くレア。また覗き込む俺。


――ヒョイ ヒョイ


 ……やばい。ちょっと楽しい。……って遊んでる場合じゃなくて、


「お前、動物好きなのか?」


「……何よ、悪い?」


 拗ねたように上目遣いで返事するレア。


「……そっか、今まで動物しか友達いなかったもんな?」


 悪戯心をくすぐられた俺は、冗談交じりにそう言ってみる。するとレアはいつものようになんですって!! ……とはならず、なるだけ冷静に腰に手を当てて……


「……今はみんながいるからいいもん」


 と返してきた。……一瞬グッと拳を握った事を、俺は見逃さなかったが。しかしその新鮮な反応に、言い過ぎたか……? と少し反省した俺は、話を本筋に戻した。


「……どっちにしてもアレはやめとけ。何の卵か分からない以上、もしモンスターの卵だったら大変な事になるぞ?」


「むぅ……それもそうね」


 するとレアはあっさり折れてくれた。 ……? その態度を俺はいぶかしげに思いながらも店を通り過ぎ、裏路地を抜けていった。


「そういえばお前ガルムに、いやガルちゃんに嬉しそうに抱きついてたもんな。あいつを家に呼べばいいじゃねぇか、ちょうど庭もあるんだし」


「……!」


 俺の言葉にその手があったか……! 的な顔をするレア。いつか呼ぼうとか言ってたじゃねぇか。


「……いいの?」


「まぁ、とりあえず遊びに来るくらいなら大丈夫だろ。俺も周りには説明するからさ」


――キィィン


 ……ん? 俺は体の中で、何かの文字スペルが発動したような感覚に顔を顰めた。しかし……


「ほんと……!? ふふっ、やったぁ♪」


 急に見せるレアの無邪気な顔に、そんな事など意識の彼方へ吹っ飛んでしまった。どうしたんだコイツ……?


「あっ、そろそろお昼ね。じゃあ行きましょう」


 そう言うとレアは目的地に向かって進んでいった。……こっちは確か、


「お、おい? 何処行くんだ?」


「どこって、お昼ゴハンよ?」


「それは分かってるが、何処に?」


 そんな俺の問いに、レアはいい笑顔で答えた。


「私達といったら決まってるでしょ? ギルドよ!」


――


「うーん、どの街も味はあんまり変わらないわね。おいしいけど」


 俺達はアンクルのギルド併設の酒場で、いつもと同じような物を食べていた。


「まぁ、どちらかというと安さが魅力だろうからな」


 そう言いつつも、俺もこの味は嫌いじゃない。


「……二人だけで食べてると、最初の頃を思い出すわね」


 唐突なレアの落ち着いた口調に、俺は手を止めた。


「あの時は別の街に来て、こんな大騒動に巻き込まれるなんて思いもしなかったわ」


 しみじみと思い返すように語るレア。俺は、そんなレアを見ていてふと頭をよぎった事を口に出してしまった。


「……二人のままの方がよかったか?」


「そんなわけないわ! フェリルもクレアも大切な仲間よ。……でもアンタは最初の一人、特別なの」


 まっすぐに俺の目を見てくるレアに、俺は周りの喧騒なぞ全く聞こえていない様な感覚に陥った。じっと見つめてくるレア。


「ど、どうしたんだ今日は? 何かいつもと様子が違うぞ? お前」


 どもってしまう声を気にせず、俺は引っかかっていた事を聞いた。……まさかまた何か文字スペルを受けてるんじゃないだろうな……? 俺がビクビクした表情をしていると……、


「……ふふっ」


 急にレアが零すように笑い出した。……どういうことだ?


「やっぱりダメね、変だわ」


「……説明してくれ」


 コロッといつもの様子に戻ったレアに安心しつつも、俺は説明を求める。


「……昨日ね、フェリルに言われたの。私、女の子だけの時はおとなしいって。全然怒らないし、レンの前の時とは違うって。だから今日は怒らないようにしてみようって思ったの」 


 ……それで今日はいつもの調子じゃなかったのか。しかし、


「お前、普段はそうなのか?」


「ううん、私友達から、距離感を詰めあぐねていたのがおとなしく見えただけ」


 と言わないあたりに彼女のプライドが見え隠れしている気がする。


「でも、いつもアンタには怒ってたりするから今日は怒らずに過ごしてみようって思ったの。……でもダメだったわ、自分じゃないって感じだった」


 そう言うとレアは、少し沈んだような声でこちらを見ながら聞いてきた。


「……“怒り”を盗られた私の方がよかった……?」


 寂しそうな、少しだけ怯えるような声色で聞いてくるレアに一瞬固まってしまったが、直ぐに……今度は俺の方が吹き出してしまった。


「フッ……、そんなわけねぇよ。全部含めてレア・シルヴィアという人間だろう? ……まぁ人間としてどうかは別の話だがな」


 柄にも無く照れ隠しを交えながら悪い笑顔で応える俺。いつもやり取りをしている俺からしてみれば、怒らないレアの方が不気味だ。……しかし正面の人物の笑顔の表情を見ると、これで正解だったみたいだ。


「……そうね、ありがと。やっぱり私は私らしくするわ」


 満足げな顔で呟くレア。


「……ねぇ、目瞑って?」


「……え?」


 テーブルから身を乗り出して、レアはそんな事を要求してきた。


「勘違いしないでよ? 渡したいものがあるだけなんだから! ほら早く」


 どこかで聞いた事のあるような文言を言ってくるレアに急かされて、俺は目を瞑った。


「……じゃあ、いくわよ」


 レアの息を吸う音が聞こえた。……これはまさか。俺は少し鼓動が速くなるような気がした。そして……!


「……誰が動物しか友達がいないってのよーー!!」


「がっ……!」


 垂直に振り下ろされたレアの渾身のチョップが、俺の脳天にクリーンヒットした。


「ってええ! 何しやがる」


 俺は無防備な状態から打撃を受けてしまった頭を押さえつつ、抗議の声を上げる。


「ふふん! すっきりしたわ! 全部含めてレア・シルヴィア、ですもんね?」


 嫌味ったらしく胸を張りながら、俺の言葉を引用するレア。こいつ……!


「はん! 無い胸張りやがって! それも含めてお前だもんな! 堂々としててえらいぜ?」


「なんですってー!!」


 いつもの小競り合い……もとい乱闘を始めてしまった俺達は、レアに「孤」があった頃と同じように周りの客から距離を置かれ、無事ギルドを追い出されてしまったのであった。……のだが、



「ヤレヤレ、文字スペルが無くなっても貴方達は変わりませんネ……。まぁそれでこそ、ですガ。時間ですヨ? レア殿」



 ギルドを出た所に声をかけてきたのは、どこか嬉しそうな表情を浮かべながら立っていたフェリルだった。


「むぅ……、レン! 続きは夜よ! 首を洗って待っていなさい!」


 小悪党のような捨て台詞を吐きながら、あっさりレアは去っていった。


「んん……?」


 訳も分からず佇んでいると、


「さぁレン殿行きまショウ! 次は私ですヨ!」


 ……フェリルのテンションを表すかのように、彼女の耳の先端がヒョコヒョコと動いていた。

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