第63話 乙女の密談

「それで……どうしまス?」


 自分の部屋に戻ってきた三人は、男子禁制の密談を続けていた。


「どうするって……ねぇ?」


 レアは恥ずかしそうに目を逸らしながら言い淀んでいる。


「……レア殿は、私達だけになると急にしおらしくなりますネ……普通逆の様な気もしますガ」


「う、うるさいわね!」


(まぁ、それが見ていて面白いのもあって焚きつけてしまったのですガ)


 ロビーでの発言を顧みながら、からかう対象のレアを見るフェリル。


「まぁまぁ、いいではないですか。……レアさんはご自分の文字スペルのせいもあって、同姓の友人との距離感を測りかねているのでしょう」


 私も経験があるのでわかります……! と自虐気味にフォローしたつもりだったクレアだが、


「うぐっ……」


 当の本人はぼっち黒歴史を掘り返されたかのような痛みを伴うナイフが刺さっている様子だった。


「……クレアはたまに涼しい顔で毒を吐きますネ……いや、毒とも思っていない所が更に恐ろしイ……」


 はて? みたいな顔をするクレアを見ながら、やはりクレアはクラレでもあるのだな……とフェリルは思った。


「それで、誰がレン殿の部屋に行くのかですガ……」


 その言葉にバッと顔を上げるレア。……しかしフェリルの口から出たのは誰もが予想していなかった言葉だった。


「誰も行かなくていいのではないですカ?」


「……はぁぁ!?」


 すっとんきょうな声を上げるレア。だってアンタさっき……! とロビーでの言葉を追及するかのような顔だ。


「まぁまぁそんな顔せずニ……レン殿は誰か一人を選べなかったわけですかラ、今押しかけて行っても大して進展は望めないと思われまス」


 人差し指を立てながらご高説を垂れるかの如く語るフェリル。


「でも……アンタ達はそれでいいの!?」


「私は別に……」


「まあ、焦っても仕方ないですヨ?」


(……それに私の場合は、どちらかといえば“彼を守りたい”という気持ちの方が強いようですシ……)


 自分の気持ちを分析するように、フェリルは心の中で呟いた。


「むぅ~……まぁ、そうかもしれないけど……」


 肩透かしを食らったかの様にむくれるレア。その様子をみてフェリルは、思いついたように不敵な笑みを浮かべた。


「代わりといっては何ですガ、こういうのはどうでしょう? 明日……」


 ~…… !? …… ~~ 


 三人娘の密談は深夜まで続いたのであった……。



        §


「……」


 そして、地味に部屋の鍵を開けていたレンのもしかしたら……という望みは誰にも届く事はなかった。


        §



――朝


「おはよう、レン。……ってアンタ隈出来てるわよ? あんまり寝てないんじゃないの?」


 ロビーに下りてきた俺は開口一番、待っていたレアにそんな事を言われた。


「うるせー……、まだレア一人か? 他の皆は?」


 辺りを見回してもフェリルとクレアの姿は無い。


「あー……えーっと、あの二人は


「後?」


「まぁ、細かい事はいいから行きましょ? 私お腹空いちゃったんだから!」


 それは俺もだが……。そんな事を考えながら俺は、無理やり進んで行くレアに手を取られ、街へと繰り出していった。



――



「ほら! 一晩で凄いわよね……」


「あぁ、確かにな……」


 アンクルの街は、初日にこの街へ来た時よりも一層賑わいを見せていた。屋台露店は所狭しと道の両側を埋め尽くし、人の行き来も前日戦闘があった街とは思えない。俺達は広場のベンチに座って、道すがらの屋台で買ったサンドイッチ的な物を齧りつつ、レアと二人で騒がしくなった街を見回していた。


「たぶんこれが……」


「竜神祭ですぞ!」


「「うわぁ!?」」


 驚きの声をハモらせる俺とレア。ベンチの後ろから急に声をかけてきたのはこの街の町長、イグニスさんだった。


「驚かせないでくださいよ……」


「これは失敬失敬。なにせこの盛り上がりを見ていると嬉しくてな! ハッハッハッ!」


 この間自分の過去を語っていた時とは別ベクトルでテンションの高いイグニスさん。


「それにしても凄いわね、この人ごみといい商人といい……どっから出てきたのよ?」


 あまりに急激な街の変わりように、レアは素朴な疑問を呈する。


「ハッハッ……やると決めた時、すぐに竜神祭開催の知らせを周りの街に伝えましたからな! 祭り好きの人間ならポーターサービスを乗り継いででも集まります! 観光地のネットワークを舐めてはいけませんぞ?」


 腰に手を当て、上機嫌に語るイグニスさん。……準備も全く出来ていない時にもう言ってしまうとは、この人の熱量はすごいな……。


「それはともかく……竜神祭の本来の目的は山に住む黒竜達に感謝を捧げること! あなた方が守ってくれたあの鐘もしっかり鳴らすので是非聞いていってくだされ!」


 そう言うとイグニスさんは、また何処かに去ってしまった。これが目的だっただけあってイキイキしてるなあの人。それにしても……


「……守ったのは鐘だけじゃないですよ~……とは言えないな」


「……なんかあの人気づいてる気もするけどね」


 レアは首に下げている黒竜の涙を触りながらそう呟いた。


「街が守られたのは黒竜達のおかげでもあるんだし、だからこその竜神祭でいいんじゃない? ……とにかく街が無事で“怒り”も返ってきたんだから! 後は祭りを楽しむだけよ! 色々回りましょ!」


 そう言ってレアはまた走り出して行く。……とびっきり楽しそうな笑顔をこちらに向けてから。


「……おい! 今度はぶつかっても怒ってくる人いるんだからな!」


 そんなレアを見ながら、俺はヤレヤレと腰を上げて彼女を追った。……心なしか楽しいのは気のせいではないだろう。

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