第62話 危機の去った街

「全く……! いつもアンタは全く……!」


「まぁまぁレア殿、照れ隠しかもしれませんヨ?」


 憤るレアをフェリルが宥めつつ、俺達は洞窟の出口に向かっていたのだが……俺達が入ってきた入り口はこれまた岩壁に覆われていた。……そうか、隠してるんだもんな。


「おーい、サラ。出口を開けてくれ」


 その言葉にサラは、首を横に振った。……? どういうことだ? ……まさか、宝を餌にここで俺達を……!? そんな勝手な妄想を繰り広げていた俺は、サラの声で直ぐに現実に引き戻された。


「出るときはロックは無いわ。壁に見えるけどそのまま通り抜けられるわよ」


「なんだ……脅かせやがって……」


「お、おど……?」


 不思議そうな目を向けるサラを横目に俺は壁へと手をかけると、なるほど、手はそこに何も無いかのようにすり抜けた。ふー……っと俺は体ごと壁をすり抜けると……、外へ出た俺達の目の前に人が立っていた。


 黒髪短髪のダンディなおじさんだ。……ってまずい! 宝物庫の場所は秘密じゃ……!? どうしようかと俺が迷っていると、サラが小走りでそのおじさんに抱きついていった。


「お父さん!」


「「お父さん!?」」


 俺達は頭の中で、前にも似たようなやり取りしたな……? と思いながらも件の人物に視線を集めた。


「……この姿でお会いするのは初めてでしたかな。サラの父のラザレスと申します」


 膝に抱きつく愛娘の頭を撫でながら、ラザレスさんは恭しく俺達に礼をした。


「あっ、これはどうも」


 つられて礼をする俺達。


「娘がお世話になったそうで……。それにケロスとの戦闘で力を貸していただきありがとうございました。一族を代表して感謝を申し上げます」


 ……竜形態の時とはうって変わって懇切丁寧に謝辞を述べるラザレスさん。竜に戻ると気性も荒くなる本能でもあるのか……?


 そんな事を考えながら俺は、竜族からの感謝に恐縮していると……


「サラ、ちゃんとか?」


「……うん!」


 ラザレスさんは娘の頷きに、満足げな表情を浮かべる。そして俺達のほうに向き直ると、


「お礼を受け取ってくれたようで何よりです。皆さん、街に帰られるのでしょう? ここから歩いたのでは少し距離があります、門の手前までお送りしようと思って待っておりました。……サラ、お前は先に帰っていなさい」


 優しい笑みでサラを離れさせたラザレスさんは体を光り輝かせ始めた。すると……


――ズウゥゥン


「さあ、お乗りください」


 竜の姿へと戻り騎乗を促した。……で、でかい。近くで見るとすごい迫力だ。


 種としての迫力に圧倒されながら、俺達はラザレスさんの背に乗り込んだ。するとゆっくりと翼をはためかせ、黒竜は飛行を始める。


「皆、バイバイ! またね!」


「おう! じゃあな! サラ」


 俺達は眼下で手を振るサラに手を振り返すと、サラはとびっきりの笑顔を見せ……その姿はどんどん小さくなっていった。



        §



「しっかし今日一日で色んな事があったな……」


 ちょうど日が沈みかける頃、街の手前で降ろされた俺達はラザレスさんと別れ、門を通りホテルへと歩いていた。


「ほんとよね……単なる温泉旅行だと思ってきたのに、とんだ大仕事になっちゃったわね」


「確かに、いつの間にかそうなってましたネ~……」


 一山超えた事で気が抜けたのか、ぐでーっとするレアとフェリル。


「ま、まぁ、この街も救われたのですし良かったではないですか! ゆっくり温泉にでも入りましょう! ね?」


 両手を胸の前で合わせながらそう言うクレア。するとレアは……


「……アンタ、とんでもなく運が悪いとかじゃないでしょうね~?」


 ニヤつきながら俺を指差してくる。


「馬鹿いえ! 俺はなんてったって『運』の文字スペルを持ってるんだぞ!」


「何よそれ。そんな文字スペル聞いた事ないわよ! 大体前にスペルカード見せてもらった時はそんな物なかったじゃない」


「よーし! それなら見せてやろう! ここにちゃんと……!」


 そう言ってスペルカードを懐から取り出そうとする俺に、突然の乱入者が現れた。


「おお、皆さん! 無事でしたか!!」


 この街の町長、イグニスさんだ。何やら壊れている石畳を補修している作業員達に指示を出しているようだ。……そう言えばこの人に頼まれて火山に行ったんだったな。


「皆さんが山に行っている間にこちらは大変でしてな! モンスターの大群が押し寄せてきて街で暴れだしましてな……住民を避難させたり迎撃したりでてんやわんやでして……。 !!」


 近づいてきたイグニスさんは、こちらの言葉も聞かずマシンガントークを繰り広げていったが、レアの方を見ると一瞬動きを止めた後、バッとレアに近づき首から提げている宝石を見つめた。


「お嬢さん……! これはどこで……!?」


 真剣な表情で問いただすイグニスさん。


「え!? えーっと……」


 レアは、話していいものかどうか迷っているように言葉を濁して困っている。……しょうがない。俺が助け舟を出そうとすると、


「……いや、よろしい。わかりました……!」


 イグニスさんは一人で納得したかのような晴れやかな表情でそう言うと、それ以上の追求を止めた。……? 俺達が不思議がっていると……


「やはり黒竜様が……。そうと分かれば! 明日の竜神祭にはぜひ皆さんも参加してくだされ!」


 急に上機嫌になったイグニスが張り切って叫んだ。


「明日!? でもこの様子じゃ……」


 俺は工事の続いている辺りの様子を見やる。


「なに、準備自体はほぼ調っておりますゆえ! このくらいの舗装などわけはないです!」


 そういってイグニスさんはまた作業に戻っていった。


「……なんだったのかしら」


「……さぁ」


 突然過ぎ去っていった出来事に戸惑っていた俺達であったが、すぐに気を取り直してホテルに戻っていった。


――


「ところで……結局部屋割りはどうしますカ?」


 ホテルのロビーに着いた俺達は、フェリルの言葉に動きを止めた。……そういえばサラが来てから有耶無耶になってたな……。


「……お前達で話し合ったのじゃなかったのか?」


 俺は咄嗟に責任逃れをしようとする。が……


「私達の結論は、レン殿に決めてもらう、でス」


 退路を塞がれてしまった。


「「「……」」」


 三人の視線が俺に突き刺さる……。……急にこんな空気になるとは思わなかった俺は、分かりやすくあたふたし始めた。


「え、えーっと……」


 しかし三人の刺すような視線は威力を弱めてはくれない。汗が流れ落ちる感触と共に静寂が続く……。居た堪れなくなった俺は……!


「……昨日は三人で寝られたんだろ!? なら大丈夫だな! そうに違いない! じゃあ俺は部屋に戻るからっ!」


 脱兎の如く逃げ出した。……急に選べと言われても無理に決まってる。うん、そうに違いない。


「ヘタれたわね」


「ヘタれましたネ」


「はは……」


 三者三様の反応をする各々。


「しかシ……我々がヘタれる必要は無いですよネ?」


 フェリルの言葉に三人の視線が交錯した。


「……とりあえず部屋に戻りましょうか」


「エエ……」


「……」


 滅亡の危機が去ったこのアンクルで、また新たな戦いが始まろうとしていた……。

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