第61話 黒竜の涙

「『ライト』!」


 視界を文字スペルで照らしながら、俺達は暗がりの洞窟の中を歩いていた。


「しかしあんな何の変哲も無い山肌の奥にこんな穴があるとはね~……」


 明らかに人工的に整備されたであろう、整った岩壁を見ながらレアは感心していた。


「まぁ普通は見つからないわ、私達の姿を消す魔法の応用で隠してるからね」


 俺は、ホテルの前でサラが急に消えてみせた事を思い出す。なるほどあれか……。


「サラちゃん達のお住まいもそうなっているのですか?」


「そうよ! 街とは反対側の、山の裏側に里はあるわ! そこも入り口は見えないようになっているんだけど……ケロスの奴、一体どうやって入り込んだのかしら……!」


 サラは、秘密を明かすかのように胸を張ったと思えば今考えても腹が立つ……! と言わんばかりの表情になったりと、せわしなく態度をコロコロと変える。……が、急に振り返ったと思えばパアァっと明るい笑顔で、


「今は戦闘でちょっと荒れちゃってるから招待できないけど、今度来た時には皆にも案内してあげるね!」


 と嬉しそうに言った。……竜の里か、一体どんな所だろう……? 俺が想像を膨らませていると、


「着いたわ!」


 と言うサラの声が響くが、目の前は行き止まりだ。は。……案の定サラが右手をかざすと岩壁はグニャリと歪み、続く道が……というより大きく開けた空間の入り口へと変化した。俺達はサラに続くままに入っていくと……


「なによこれ……」


「あ~……これは圧巻ですネ……」


「まぁ……」


 中は、部屋の壁を埋め尽くさんばかりのクリスタルやルビーの塊が積まれていた。


「さぁ! 好きなだけ持っていっていいわよ!」


 いい笑顔で言うサラをよそ目に、俺は開いた口がふさがらなかった。


「さぁってお前、まずこれどうしたんだよ……?」


 俺はあまりの量に戸惑いながらもサラに目の前のブツの出所を聞いた。


「どうって……モンスターを倒した時に出た物よ?」


「こんなにか!?」


「まぁ、期間が長いからね。山でモンスターに襲われている町民をこっそり助けている内に自然と……。最初は放っておいてたんだけど、クリスタルが転がっている山があるって噂になっちゃってね……。それからは回収してここに放り込んでたの」


 俺の驚きの声を、さらりと流すサラ。


「しかしよくもまぁこんなニ……王都のお屋敷でもここまでの量は見たことないですヨ……」


 茫然としながら部屋を見て回るフェリル。


「年一回くらい、それこそ竜神祭の時にたまり過ぎちゃった分を街で使ってるんだけど……最近やってなかったから……」


 若干の影を見せるサラ。


「……大丈夫、イグニスさんも今年はやるって息巻いてたぞ。それに街の人も黒竜達には感謝してるって!」


 俺の不器用な元気付けの言葉に、しかしサラはあまり気にしていなかったようで、


「……うん! ……よかった」


 直ぐに笑顔に戻った。


「それもこれもレン達のおかげだよ! ありがとう!」


 屈託の無い笑顔に気恥ずかしくなる俺達。するとサラは……


「そんな貴方達に手ぶらで帰らせるなんて竜族の沽券に関わるわ! だから絶対持って帰ってもらうわよ!」


 などとのたまい始めた。……そんな逆押し売りのようなやつがあるか。


「しかしなぁ……人間あまりの大金を目の当たりにすると、どうしていいか分からんな……。まぁ折角だし、持てる分くらいは貰っていくか」


「そうね! それがいいわ!」


 俺の言葉にすぐさま同意するレア。……こいつの図太さ、たまに見習いたくなるな……。ん? そういえば……。


「クリスタルってステータスアップに使えるんだよな? ならこれ全部使えば超強化されてクエストとか楽になるんじゃ……」


「ん〜……それはやめときなさい」


 俺の名案に意外な人物、レアから待ったの声がかかった。


「体だけ急激に強化しても、感覚がついていかないわ。これだけのクリスタル分の変化なら尚更……。筋力も、スピードも、戦闘時にうまく体が動かせなくなるわよ」


 冷静に分析するレア。


「ステータスだけ上がっても冒険者は強くはなれないわ。自分で勝ち取った分で、皆で一緒に成長していきましょ?」


 ……そんな殊勝な事を口に出すレアが、この時ばかりは眩しく高貴に見えてしまった。


「……お前の口からそんな公明正大な言葉が出てくるとはな。お前は真っ先に『持てない分は全部使っちゃいましょう!』と言うかと思ってたぞ?」


「……あんたが私を普段どういう目で見てるかがよーく分かったわ・・・!」


 怒りのオーラを出しながらジト目でこちらを睨んでくるレア。……よーし、それでこそお前だ。


 そんないつものやり取りを交えながら、俺は手ごろなクリスタルを選んでいった。


「……そういえば、サラ達はこのクリスタルを自分には使わないのか?」


 俺はふと気になった事を聞いてみた。


「……私達竜族にとってはこのぐらいは誤差だからね。あんまり意味無いの」


 ……マジかよ。俺は目の前に広がる大量のクリスタルを見ながら、竜のポテンシャルの規格外さを実感していた……。


――


「貴方にはこれ!」


 サラはそう言いながら、粗方選び終わって部屋を出ようとしている俺達の所にやってきて、レアに輝く紅い宝石を手渡した。


「綺麗……! これは……?」


 紅い宝石を見ながらレアが聞くと……


「これはね……“黒竜の涙”!」


「“黒竜の涙”?」


 そのまま聞き返すレア。


「そう、黒竜が感情の高ぶりによって流す涙と、アグニ様の眠るこの山の大地が混ざり合って出来る魔力を帯びた鉱物よ! 貴重なものなんだから大事にしてね!」


「そ、そう……ありがとう」


 突然の押しに少し気圧されるレア。


「……でもなんで私に?」


「うぇ!? そ、それは……そう! 貴方の『フレイム』のキレが良かったからよ! あそこまで使い込んでいる人はそうそう居ないわ!」


「!! 本当!?」


 若干苦し紛れのような取り繕い方にも見えたが、そんな事は気にせずレアはサラの手を取った。


「なかなか気づいてくれる人居なかったから嬉しい! こんな所で判ってくれる人、いや竜に出会えるなんて! ……やっぱり頑張って習得したものを褒められるのは嬉しいわ!」


 わざと大きな声を出しながら俺の方をチラチラ見るレア。……こいつ、まさかずっと褒めて欲しかったのか……?


「そ、そう……。それはよかったわ。“黒竜の涙”は持ち主の炎系文字スペルの威力を少し上げてくれるわ。だから貴方に渡そうと思ってたの! ペンダント状にしておいたから普段身に着けておくといいわ!」


 俺の逡巡をよそに、宝石に通された紐をレアの首にかけてやるサラ。自分の首にぶら下がっている紅い石を見つめていたレアは、バッと俺の方を振り返るとドヤッと言わんばかりにそれを見せ付けてきた。……その顔からは、“今度こそ褒めなさいオーラ”がバンバン出ている。よし。


「……首から提げてるんだから無くすなよ?」


「また子ども扱いしてアンタはぁぁぁ!!」


 狭い洞窟の中にレアの叫び声が響き渡ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る