代償に傷跡

新米ブン屋

流血

 この日、ボクたちは洞窟で龍に出会った。


「洞窟は危ないって? だいじょーぶだって、ほら行こうぜ!」


 ボクと親友、ザイク・ドレイムは危険と噂される洞窟に足を踏み入れようとしていた。


「えー、大丈夫かなあ」

「いけるって! 俺、スキル覚えたし、奥までいかなきゃよゆーっしょ」

「でもお父さんとお母さんはダメだって」

「俺たちもそろそろ自立ってやつしなきゃじゃん? まずは洞窟制覇しようぜ!」


 そう言ってザイクはボクの手を引っ張って、走り出した。走るたびにザイクの背中に背負われている大剣がちゃがちゃと音をたてていて、何となく楽しそうに見えた。軽くため息をついて、ボクも槍を取りに行くことを決意するのだった。


「よし、準備はいいか?」


 装備の支度を済ませ、街を通って洞窟に向かう。布製の服から少し丈夫なレザー製の服を身にまとい、槍の穂先もしっかり研いだ。普段は訓練のみで、実戦なんてものはしたことがない。まあ洞窟の入り口は弱い魔物しか出ないときくし、深入りしなければ大丈夫だろう。

 ザイクはニッと笑って、己の大剣を正面に構えて見せる。

 キュッと空気が引き締まる音がした。先ほどとは一転真剣な眼をしたザイクは剣先を自分の腰のやや斜め後ろに引き、細めた目をカッと見開いて握った手をギュッとしめた。


「はあっ!」


 掛け声一閃、大剣が目の前で薙ぎ払われる。ブオンと重く空気を切り裂く音とともにひんやりとした風がボクの頬を通り過ぎて行った。

 ザイクは学校の中で最も早くスキルを習得し、さらには武器の扱いも随一と言われている。大人たちの間じゃ神童なんて呼ばれていて、この都市の将来を期待されている。

 ザイクがいれば、ちょっと強い魔物が出てきても大丈夫かな。

 見事な剣捌きに安心する。ボクはスキルとかまだまだだし、槍の扱いも慣れていない。スキルの習得も昔はいきなり実戦をして無理やり覚えさせていたらしいし、今日の戦いでもしかしたら目覚めるかもしれない。そこまで危険な目には遭いたくないけど。


 洞窟の中は湿っぽい岩でできていた。足元はつるつるとして、ところどころ岩肌が露出していて歩きやすいとは言い難かった。


「静かな洞窟だな。魔物なんているのかよ」


 ザイクは大剣を構えつつも、気を抜いた様子でぶらぶらと歩いていた。その言葉通り、洞窟には魔物の影なんて全くみえず、静謐とした空間だった。


「案外危険じゃないんだね、よかった」

「よかったって、何ビビってんだよ。俺たちならそこらの魔物には負けねーだろ?」


 自信満々に言い放つ。たいした自信だけど、それに裏付けられた実力があるからあ馬鹿にはできない。

 しばらく歩いてはみるが、洞窟の中には虫一匹と見つけられなかった。ぼんやりと明るいのもあって、観光でもしているようだった。


「ほら、大丈夫だって――っ!?」


 こちらを振り返ってにこりと笑うザイクだったが、何かに反応した。


「どうしたの?」

「しゃがめ!」

「え?」


 ドン。たった一音で、目の前から親友が消えた。


「お、久しぶりの来客か。やあお嬢さん、どんな用件で?」


 訳も分からず顔を上げると、目の前には嬉しそうに笑う青年が目に映った。

 洞窟に、人がいる。ここは魔物が生息している場所じゃないのか、そんなところにどうして人が。というか、こいつは今何をした? ボクの親友は、どうなった?


「腕試しって面じゃなさそうだけど」

「っ!」


 楽観そうに笑う青年を見て、槍を構える。

 薄ら寒いものを感じる。


「へえ、あんまり可愛い子には手、だしたくないんだけど」

「うらあー!」


 背中にまとわりつく恐怖を振り払って、槍を前方に突き出す。

 前をみていなかったからわからないけれど、感触はない。


「はいっと」


 刹那、腹部に強い衝撃を感じた。

 口からドロッとなにかが吐き出される。手についたそれをみて、正体がわかる。

 血だ。黒がかった赤。思ったよりさらさらとはしていない。


「それじゃ、二人ともバイバイ」


 軽薄な声の方向を見ると、彼はザイクの方に向かって楽しそうに歩いていた。手には爪のような鋭いなにかが生えていた。

 ザイクが、殺される?

 ボクの、大事な親友が。何もできずに。

 それでいいのか?

 ボクの中でなにかが沸き上がってくる。

 ふつふつと、マグマのように煮えたぎるそれが、眼前に広がる。


 動いていたのもまた、血だった。口から吐き出された血と、地面に打ち付けた衝撃で出た血が、ぐるぐるとボクの周囲を回っていた。


 ボクは血を、操っていた。

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代償に傷跡 新米ブン屋 @kiyokutadashii

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