僕らの議論は、最高の目覚めから始まる

アジキフータロー

第1話

「突然だが、生きてるってどういうことだと思う?」


 缶コーヒーを片手にやってきた、研究所の同輩氏による突然の質問だった。コイツは議論が好きだ。だからネタに詰まるとこうして哲学っぽい話題まで手を広げることが時々ある。僕も毒されてきているのか、それはそれで面白く感じているから良いのだが……


「生きてる、なあ。それはつまり、死んでないってことだろ」

「いや、そういうのはいい。それを言うなら、ちゃんと死の定義もすることだ」

「そういうのは危ないな。倫理に引っかかりそうだ」

 寝起きで頭が働かないので、同輩氏の返しには適当に応じたが、興味が湧いてきたのでもう少し考えてみる。


「……死かどうか迷う状況というと、植物状態とかか。じゃあ結局、意識の有無が関わってくるのかね」

 同輩氏がそれを聞いて軽く頷く。ついでに僕の前に新品の缶コーヒーを置く。どうやら奢りのようだ。ありがたい。


「それについてはある程度同意だね。しかし、それならば意識が存在しなさそうな生物についてはどうなる? 植物とか、あるいは微生物なんかだとどうだ?」

「うーん、そうなると、呼吸とかの代謝の有無になるのかね。そっちは正直よく分からないけど」

「それから、意識の有無っていうなら他にも疑問はある。私たちだってよく意識を失うじゃないか。その間はどう扱うといいと思う?」

「意識を失うって、ああ、睡眠とかは確かにそうだね」

 意識が生死の判断材料となるなら、確かにそういう問題が出てくる。しかし、眠るたびに死んでいるなんて、あまりぞっとしない話だ。


「ところで私はね、時々思うんだよ。眠ってる間というのは、己に意識がない。とね」

「あっはっは。そんなこと言ったら、僕らの研究してるこのコールドスリープ技術はどうするんだよ。ただの死を提供する技術になっちゃうぞ」

 僕が呵々と笑うと、同輩氏も釣られたように微笑む。

「確かにね。私たちのコールドスリープはそんなものじゃない。希望をもたらすものだ」




 その時だった。僕の体の異変は、議論と同じく突然起こった。

「……ウッ…!」

「おいっ、どうしたんだ?」

 頭が割れるように痛い。持病の頭痛がまたもや、やってきてしまった。この研究所に所属してからというもの、作業が忙しいからか、日々ひどくなってきている気がする。


「一度寝た方がいい。幸い、ベッドならある」


 ベッドに寝かされる感覚がある。あれ、同輩氏って僕を持ち上げられる程の力があったっけ? ……ダメだ、意識がもうろうとする……








 スッと、浮かび上がるような感覚があり、意識が覚醒する。照明が眩しくて目をパチクリさせるが、気分は悪くない。最高の目覚めだ。

 体を起こすと、ベッドの脇にいた同輩氏と目が合った。


「おはよう。お加減はいかがだい?」

「好調だよ。いい目覚めだ」

「それは良かった」

 同輩氏がフゥと息を吐き出す。心配をかけてしまったらしい。


「議論中に倒れちゃって申し訳なかったね。どこまで話したっけ? 寝てる間は死んでるみたいな話だっけか」

 そう僕が言うと、同輩氏は驚愕に染められた顔をこちらに向けた。

「……どうも失敗してしまったようだ。もう一度やり直さないといけないな」

 小さくつぶやいて、席を立った。そのまま近くのテーブルからマグカップを持ってくる。

「飲むといい。ただの茶だが」




 茶をゆっくり飲む僕を見ながら、同輩氏は軽快に口を開く。

「えっ?」




「言葉通りだ。君の記憶にあった生きることについての議論の最後、私は確かに寝ている間は意識がない。だから死んでいるのとあまり変わらないのではないかと言った」


「私はこの考えをかなり信じている。私たちは眠っている間に何をされても分からないわけだ。眠ってさえいるなら。それこそ、一度脳内を真っ白にされて、5分前までの宇宙の歴史を丸ごと入れられて、それを本当のものだと信じ込まされたっておかしくない。よく言うところの世界5分前仮説ってやつだね」

 同輩氏が微笑んだまま、饒舌に喋っている。私は押し黙ってそれを聞く。




「だから、眠っている間は無防備だし、何より死んでいる時間が勿体無い、というのが私の持論でね。そういうわけで、もっと君と議論なんかをしたりして、一緒の時間を過ごすために、私はコールドスリープの技術を応用することを研究していたんだ」


。そうすれば、眠っている時間を有効活用できるし、肉体も長い間損失せずに済む。実に素晴らしいと思わないか。最も、まだ改良中なんだけどね」


「でも安心してくれ。君も知っての通り、コールドスリープとして、肉体を保持する技術は、とうに実現可能な段階にあった。だから、私の研究で君が本当に死んだりはしないよ」




「ただ、意識の運用はまだ上手くいっているとは言い難くてね。長時間意識を保たせると、本人に負担があるようなんだよ。だから今のところは、一定周期で記憶をリセットしているんだけどね」


「そのリセットも時折こうして失敗することがある。いやあ、まだまだの技術だね。私と君とでずっと、永遠に何かの議論をして過ごすという野望までには、問題が山積みだよ。実に大変だ。だが私はやり遂げてみせるよ」




 同輩氏の話を聞くうちに、抗いようのない眠気が襲ってきた。どうやら、茶に一服盛られていたようだ。薄れる意識をベッドに横たえ、僕は目を閉じる他なかった。視界が黒に染まる直前、きれいな笑顔を貼り付けた同輩氏が僕に手を振ってるのが見えた……






 ガバッと、音が出そうなほどの勢いで僕は飛び起きた。寝ていたのは研究所のソファだった。記憶はないが、実に嫌な夢を見た気がする。寝ている間に、同輩氏が僕の耳元で一人議論でもしていたのかもしれない。ヤツならあり得る話だ。あれでなかなかイタズラ好きなのだ。


 噂をすればなんとやら。カツカツという音と共に、同輩氏が歩いてきた。

「やあ、起きたかい。ちょっと研究を頑張りすぎているのではないかな? それでは最高の目覚めが得られない。休憩も時には必要だよ」

 同輩氏は朗らかな笑みを浮かべて言った。


「つまり、お待ちかねの議論の時間ということだ。突然だが、そうだな。

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