第8話 或日
しかしそれも無理はない。なにしろ待ち人たる相手には来訪を知らせていないのだ。ただ勝手に待っているだけという状況。
そういう状況だから、気持ちを乱すことなく、静かに、空気のごとく、ただそこにいる。
やがて待ち人がやって来た。
晴臣を見つけた
「
「どうも。失礼ながら水原さんをお待ちしていました。突然で申し訳ありません」
「私を? もしかしてずっと待っていたんですか? 連絡してくださればよかったのに」
「急ぎではありませんでしたから。ご友人はよろしかったのですか?」
「大丈夫ですよ。それで私にご用でしたか?」
「この前の依頼の報酬を頂きに参りました」
報酬という言葉に藍の表情が少しこわばる。
「そ、そうですよね。郷美先生からの紹介とはいえ、古都島さんにはとてもお世話になりましたから、当然ですよね。それで、おいくらぐらいに」
緊張の面持ちで恐る恐る聞いてみるが、晴臣は優しく微笑み返す。
「そんなに構えないでください。渡したお守りはお持ちですよね? それを返して頂くだけですよ」
そう言われて藍は鞄に結んだお守りを手に取る。
「これをですか? でもこれは元々は古都島さんに貰ったものですよ。それが報酬だなんて」
「そのお守りは水原さんが所持することでアクアマリンの宝石になったんです。それを頂くことがなによりの報酬になります」
「それって、初めはアクアマリンじゃなかったってことですか?」
「元は何でもない無垢の石です。それに水原さんの在り方が反映されてアクアマリンに変容したのです。石言葉、覚えていますか? 水原さんを象徴する要素が宝石に顕れたんです」
「そう言われるとなんだか恥ずかしいですね」
頰を赤くする藍だったが、どこか嬉しそうでもあった。
「それじゃあこれ、お返ししますね」
「確かに」
晴臣は受け取った巾着袋を袖にしまった。
名残惜しそうに見送る藍は、ふと思い出したように言う。
「そうだ、ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「質問ですか? なんでしょう?」
「古都島さんて歳はおいくつですか? 郷美先生と知り合いのようですし、もしかして最近うちを卒業されたとか」
「いえ、まだ卒業はしていませんよ」
「そうですよね、さすがにそこまで若くは……まだ?」
「拙はまだ上折高校に籍を置いていますから」
「ってことは、三年生!?」
藍はびっくりしながら晴臣を見やる。
「学年は三年ですが、年齢は二十歳です。留年しているもので」
「り、留年? でも、そんなに成績が悪いようには思えないのですが」
「あはは。学力は十分あると先生にもお墨付きをもらっていますよ。ただ出席日数が足りないのが原因でして。この仕事をしているとどうしても登校する時間が割けないことが多いのです」
それを聞いて藍は遠慮がちに言う。
「お世話になっておいて言うのもあれなんですけど、そのお仕事って卒業してからじゃだめなんですか?」
「それがそうもいかないのです。いろいろとありまして」
晴臣が初めて見せる少し曇った笑顔に藍はばつが悪くなる。
「すみません。ぶしつけなことを言いました」
「いえいえ、お気になさらず」
「それじゃあ私行きますね。本当にありがとうございました」
藍は深々とお辞儀をして、ふたりを追うように走り出した。
その背中を見送り、晴臣は袖から先ほどの巾着袋を手に取る。
中から宝石を取り出し、その輝きを確かめる。
「アクアマリンか。まだ先は長いな」
晴臣は改めて宝石を袖にしまい、明日へと歩き出す。
その長い道のりをまた一歩と。
宝石職人の宝箱 狐塚あやめ @blueflag_iris
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