最高の目覚め

@muuko

最高の目覚め


 赤黒い海を漂っている。

 他には何も見えない。

 でも、ここはとても温かい。


 規則正しい波が、ゆらゆらと体を撫でる。

 その海に全身浸かってぷかぷか浮かんでいる。


 ここはどこ?

『あなたは既に知っている場所のはずだよ』


 怖い所?

『そんなことはないよ。怖いのはあなたのいる世界の方じゃないか』


 では、何故あなたはここにいるの?

『自分でこの場所を選んだからだよ。

 この場所からそちらの世界に行くと決めたんだ。


 知らないことを知るために。

 知るべきことを知るために。


 そして。


 会いたい人に会うために。

 そのためにここにきたんだよ。


 外の世界は怖いよ。

 あなたなら分かるでしょう?

 もしかしたら、本当は知らなくても良いのかもしれないね。


 けれど。


 そこじゃないと知れないことがあるんだよ。そこじゃないと会えない人がいるんだよ』


 ✳︎


 不思議な夢を見た。

 真っ暗な海の底にいる誰かと話をする夢。私は海の上にいて、穏やかな波の揺れの中を漂っていた。

 怖くはない。その誰かの話に耳を傾けるのが心地良いくらいだった。



 軽く汗ばんでいた。布団から出てキッチンで水を飲み、トイレに行く。


 部屋に戻って、カーテンを少し開ける。

 柔らかい日差しが差し込む。


 カーテンをそのままにして、布団にそっと足を入れると、人肌の温もりを保ったままの毛布が私を迎えてくれる。私にとってはささやかで贅沢な幸せ。さっきの夢の、海の上にいた時にも似た安堵感に包まれる。


 時間はまだ朝の6時だ。

 今日は土曜日だから、もっとゆっくり起きても大丈夫。

 さっきの夢がまだ頭に残っている。あの声は誰だろう。今寝たら、夢の続きを見られるだろうか。


 温もりが、贅沢な幸せがゆるゆると全身を支配して、もう一度私の瞼は重くなる。


 あぁ、また。


 遠くから揺れる波の音が聞こえてくる。


 ✳︎


 海の上を漂っている。さっきと同じ海にいる。

 漂う海の向こうに、白い岸辺が見える。さっきは見えなかった。

 波は岸の方に向かって揺れている。私はその場に留まっている。


『また来たの?』

 そうなの。今日は寝坊してもいいから、二度寝しちゃった。


『ここが気に入ったの?』

 あなたに会いに来たよ。あなたはだぁれ? 顔を見せてよ。

『それでまた来てくれたんだね。嬉しいな。でもね、ここではあなたに会えないんだ』


 どうして?

『あなたがいる世界に私が行かないと、会えないんだよ。

 ここで会えたら、そっちに行く必要がなくなっちゃうんだもの』


 そうなんだ……。残念だな。

『ごめんね。

 ほら、向こうに岸辺が見えるでしょ?』


 遠くに見える、あの岸辺?

『そう。

 時が来たら、そこに行くんだ。そうしたら、あなたに会えるから。


 あなたが私を待っているように、私もあなたを待っている。


 今はもう少しここで、あなたに会う日の夢を見るよ』


 白い岸辺がきらきらと光って見える。

 光はだんだんと強さを増していく。


 わかった。待ってるからね。

『うん。

 あぁ、もう時間だ。さぁ、目を瞑って』


 促されて両目を閉じる。

 瞼の裏に見えたのは、小さな手足。つぶらな瞳。


 あぁ、そうだ。

 私もあなたを待っている。


 知らないことを知るために。

 知るべきことを知るために。


 こちらの世界で待っている。

 怖いことも、悲しいことも、苦しいこともあるけれど。

 楽しいことも、嬉しいことも、幸せなことも、あるんだよ。



 少しずつ意識が引き戻されていく。

 遠くの方で、小さくなったあの声が聞こえる。


『またね。必ず会いに行くからね』


 ✳︎


 太陽の光に包まれて、もう一度目が覚める。近所の子が遊ぶ声が聞こえる。

 午前10時。不思議な夢を見た。


 布団に入ったまま、だいぶ大きくなったお腹をさすってみる。

「楽しみに待ってるね。君に会える日を」

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