最高の目覚め

@ryry1

第1話 灰色で暖かな目覚め

私は、平凡な生活を送っていたユダヤ人である。

 金融の仕事を始めてからは、子宝にも恵まれ、お金はないが、平凡な生活を送り続ける事が出来るはずであった。

 「白人は世界で最も優秀な人種であり、ユダヤ人との混血で汚してはならない 」 。

ヒトラーの言葉である。

その言葉を聞いた時、私は耳を疑った。しかし自分には関係なく、どこか他人事の話として、その話を聞いていた。

 ユダヤの血を引く豊かな友人は、ドイツから逃げる準備をしていたので、急に不安になってきたが、友達のドイツ人とは、変わらず晩酌を交わす仲で、バーの主人も考えすぎだと私を安心させた。不安はかき消されていった。

仕事も順調で仲間と遅くまで晩酌。全ては他人事であった。

「水晶の夜」

一晩にしてユダヤ人の教会が破壊され、商店のガラス窓が割られ、その破壊された日の名称。

 破片が月夜の光で輝いているように見えた事から付けられた名前であるが、その言葉の持つ美しさが、逆に私にはギラギラした不快なものに感じられた。

 この夜、昨日まで同じ酒を飲んでいたドイツ人の友人達が私の職場を放火し、家を取り囲みガラス窓を破壊した。私は自分の身を守る事でいっぱいになり、隠れる事しか出来なかった。私のまわりの小さな世界が暴走を始めた。

 ユダヤ人は公職から追放され、ついには私も金融の仕事も剥奪されてしまった。強い意志を持ち、断固立ち向かおうというユダヤ人もいたというが私にはそんな勇気はなく、自分を守る事で頭がいっぱいになり、妻と子供を守る勇気さえなかった。団結した。ドイツ民族には太刀打ちする事ができなかった。ただ怖かった。どうすればいいか分からなかった。

迫害から逃げようにも国を持たない私たちにはどうする事も出来ず守ってくれる人もいない。

 仲間達が収容所に連れて行かれる中。私には隠れる事しか出来なかった。近くにある亡くなった祖母の空き家にある地下室に隠れ続けた。

 地下室は劣悪な環境で、ネズミが走り回り、虫か湧いているようなところである。食料は古くなった残飯しかなく、一緒に隠れていた、体の弱い妻と子供が衰弱し、まもなく亡くなった。

 私が守るべきものはなくなった。

その夜は隠れる事なく、部屋から星空を眺めていた。割れた鏡の破片に写った自分は泣いていた。

 疲れからか、埃ってぽいソファでうたた寝をしてしまった。

ふと起きると朝日がさしこんでいた。

この灰色の世の中でも朝日だけは暖かく私の味方だった。

程なくして私は収容所に連れていかれた。もはや抵抗する気力は残っていなかった。

 灰色のコンクリートに囲まれた、冷えたガス室に連れてかれた。扉が閉められた瞬間、あの日の朝の事を思い出した。 絶望の中、朝日が差し込んで目覚めた朝は最高の目覚めであった。







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