吸血鬼はすべからく美女を愛おしく思ってしまう ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~
佐久間零式改
吸血鬼はすべからく美女を愛おしく思ってしまう
どう見ても巨大生物にしか見えないムカデがあたしの眼前にいて、怯むようにじりじりと数多の足を動かしていた。
そのムカデの頭部はムカデではなく、人であった。
しかも、大僧正の袈裟を着ており、『大僧正鳳来』とかいうムカデの化け物だそうな。
「カカッ! ただのムカデの化け物なのに大僧正? カカッ、化け物のくせに坊主などするでないわ!」
ちまたでは、ドーナツ好きの金髪ロリ吸血鬼が人気だと聞いて、そのアニメを全話観賞して、そのキャラの特性を掴んでとりあえず口調を真似てみた。
でも、あたしには似合わないかな?
金髪ロリ吸血鬼とあたしが吸血鬼であるという点は同じである。
生憎にも、あたしは黒髪で金髪ではないし、ロリではなく見た目は大学生くらいの女で、胸やお尻の膨らみ方がロリとは対極的だ。
エナジードレインなどで力を吸われればロリ化するかもしれないが、そんな能力を使える奴と相対した事がないので本当に身体が退行するかは定かではない。
「なぁ、流香! こいつ、本当に強いのか? 雑魚にしか見えないんだが!」
鳳来とかいう巨大ムカデの退治であたしに救援要請してきたのは、あたしの友達で、よく血をご馳走してくれる奇特な稲荷原流香という少女だ。
「退魔師によって倒された死骸を持ち帰ったところ、その研究者を食らって巨大化したという話です。残骸なので、さほど強くはないはずですよ。ミーシャ・ハーフダーク・インパクトランスさん」
流香は後ろの方に控えていて、前に出てこようとしない。
「なら、あんた一人で倒せばよかったのに」
「できたら……良かったのですが、今は右手が動かないので……」
あたしに手伝いを頼んできた時点である程度予想はできていた。
人間っていうのは不便なものだ。
すぐ壊れちゃう。
不死身の身体と不死の魂があるせいか人間のひ弱な身体とは遙か昔に疎遠になってしまっている。
「なら、勝手に暴れちゃう。B級だか、C級だか分からないようなつまらなそうなホラー映画にありがちな展開で出て来た化け物にヴァンパイアであるあたしが負けるはずがないのよね」
こんな奴、体術で十分。
再生不可能なほど粉砕して滅した後、流香との密やかな一時を迎えるべきよね。
* * *
ムカデの体液を全身で浴びてしまって気持ちが悪いからと、あたしは流香と一緒に温泉へと出かけた。
温泉と言っても都内にある源泉掛け流しの銭湯だ。
化け物退治の報酬は、気が済むまであたしのわがままに付き合う事だ。
最強と言える吸血鬼を手駒として使える対価としては安すぎる。
妖気を放って人払いをあらかじめしておいたからか銭湯は、あたしと流香の貸し切りのようなものだった。
あたしは脱衣所に入るなり、服をパッと脱いで全裸になる。
下着だなんだと着ている事からくる圧迫感から解放されるのがいい。
流香はというと自宅で私服に着替えてから銭湯に来たせいか、服を脱ぐのが遅い。
「もっとテキパキと脱ぎな」
流香は退魔師としては一流だ。
あたしと互角に渡り合えるくらいに。
だが、私生活は一流どころか三流に近い。
人というよりは、人と化け物の中間辺りの立ち位置にいるような危うい存在になりつつあるせいか、人の営みが不得手になりつつあるのかもしれない。
「ん! いい尻してやがるな!」
あたしは下着姿になった流香の尻を鷲づかみにして、その肉質を確かめる。
「ッ!」
流香は屈もうとしていた姿勢から一気に背筋をピンと伸ばすように反応する。
声を出さずに恥じらいの表情を見せながら、右目だけで抗議の視線を送ってくるところなどが愛おしい。
左目が在った場所は今では眼帯で塞がれている。
そっちの方はあまり見たくなるようなものじゃないから見ない方がいい。
なにせ嫉妬深い姉の魂がいて、あたしが流香に手を出すと妬むからだ。
「手伝ってやるよ」
あたしは流香のブラジャーのホックを外して、脱がしてやる。
潤いに満ちた乳房が露わになったところで、またしても流香が責めるような視線を送ってくる。
「流香の胸は至高だな。しっとりとしている上、たるみが無くツンとしている」
露わになった白い肌のような胸に浮かぶ血管を食い入るように見つめると、
「ミーシャさん、あなたという人は、相変わらずゲスな男そのものですね。見た目は淑女であるのに」
「それは流香がこんなに可愛いからだろ」
あたしは下着を脱ごうと前屈みになろうとしている流香を後ろからだ抱きしめる。
流香の顎に手を添えて、あたしの方に顔を向けさせるなり、その頬にそっと唇を添えて、あたしの印を流香の頬につけてやった。
唇だとか、乙女なところは、あたしは手を出したりはしない。
そっちはあたしが踏み込んでいい領分ではない。
あたしがもてあそべるのは、せいぜい頬や胸くらいなものだ。
「吸血鬼は遺伝子で刻まれているんだよ。処女の美女が好きだって、な。男だろうが、女だろうが、吸血鬼はすべからく美女を愛おしく思ってしまうんだ」
「……嘘ですよね、その話」
「あたしの中の吸血鬼はそんな原理で動いている」
頬から唇を一度離してから、もう一度頬に口づけをする。
そうしてから流香から離れて、あたしは風呂場の方へと向かう。
「先に入っているぞ。中じゃ何もしないから安心しなよ」
ムカデの体液を洗い流すことに集中したいからな。
この後があるんだし。
* * *
銭湯で穢れた身体を清めたあたしと流香が向かうところは決まっている。
とあるホテルのスイートルームだ。
十六階建てのホテルの十六階にあって、正月などには初日の出をここで見たいという金持ちなどが予約をして泊まったりするそうだ。
どの部屋も一面ガラス貼りになっている箇所があり、様々な角度から外の景色が見られるという設計がなされていて、どこにいても光を浴びることができる。
「……さて」
肌触りの良い布地であつらえられたベッドの前まで来たところで、それが当然であるかのようにあたしは流香をベッドへと押し倒した。
流香の顔が目と鼻の先にある。
流香の吐息が頬にかかる。
心臓の動きに変化は見られない。
あたしでは流香の心を動かす事はできないという事だ。
それはいつもの事だ。
無機質な右の瞳があたしを射貫く。
哀れみがない、真の無だ。
「後で請求してくれ。いくらでも払う」
ボタンがついていないシャツの襟元に指をかけて、すっと力を入れる。
するとどうだろうか。
布地が裂けていき、流香の白い汚れのない首筋や胸の谷間が露わになっていく。
「……頂戴する」
その首筋へとあたしは顔を近寄せる。
銭湯のボディソープとシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
そんな匂いに混じるように、吸血鬼のあたしにしか分からない流香の処女の香りが微かに嗅覚をざわつかせる。
嗅覚が他の感覚を賑わせていき、吸血鬼としての生存本能を呼び覚ます。
自然と口が開いて、流香の首筋へと顔が向かう。
二本の牙をむいて。
牙の切っ先が首筋に当たった瞬間、流香の肌が震えた。
恐怖では無く、ただの痛みなのだろう。
ゆっくりとではなく、一瞬にして肌へと突き立て、二本の牙を押し込んでいく。
あたしの牙に抗えるはずもなく、牙は首筋へと食い込んでいく。
牙を通じて、暖かい流香の血液があたしの身体へと流れこんでくる。
あたしは上目遣いで流香を見つめる。
身じろぎもせず、あたしの牙を平然とした表情で受け入れている。
大した奴だ、流香は。
「今日はこれまでだ」
あたしは口を開いて、牙を抜いた。
牙の跡から血が一筋だけ流れる。
「……ッ」
あたしはその血を舌で舐めとってから顔を首筋から遠ざける。
「あたしの舌で感じちゃったのか?」
先ほどの甘い息を漏らしたのをあたしが見逃すはずはなかった。
にやにやしながら、流香を見下ろすと、流香は頬を若干紅潮させて、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「流香は愛おしい奴だな、本当に」
あたしはそんな流香に身体を預けるように抱きついて、目を閉じる。
流香の温もりが肌を通じて伝わってきて、あたしは破顔してしまう。
あたしはやっぱりこの娘が好きだ。
化け物のあたしを受け入れてくれる、この娘がどうしようもなく好きなんだ。
流香はとっくの昔に気づいている。
あたしに破滅願望があることを。
自殺願望があることを。
不死の身体に飽き飽きしていて、死ぬ事ができるのであれば、喜んで死を望むという事を。
あたしはこのまま眠りにつく。
そうすれば朝日が昇り、あたしの身体は日の光によって焼かれるだろう。
そして、その痛みであたしは目を覚ます。
けれども、最愛の流香に抱きしめられている事を思い出して安心するはずだ。
最愛の流香の抱きしめられながら身体が消滅している事実を受け入れながら、あたしはこう思うはずだ。
『最高の目覚めだ』
と。
愛しながら消滅する。
愛している者に抱かれながら燃えていく。
それを最高と言わずになんというんだ?
これが化け物退治の正当な報酬なので、流香に愛があるかどうかはあたしは知らない。
けれども、吸血鬼のあたしが望んでやってもらっている愛の死と再生だ。
不幸な事にあたしは不死身なんで、夜にはまた化け物として再生してしまう。
だから、また流香の手伝いをする。
愛している者に抱きしめながら消滅する喜びを味わうために……。
吸血鬼はすべからく美女を愛おしく思ってしまう ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero
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