朝日を浴びて

かめかめ

朝日を浴びて

「―――――――!!」

 声にならない叫びとともに目を開けた。バッと両手で口を覆う。鼓動が暴れた後のように荒くなる。目を見開くが怖くて隣を見ることができない。夢の中でずっと叫びつづけていたが、もしかして現実でも声が出ていなかっただろうか。朝っぱらから叫んだりしていたら、また殴られる。

 思考が高速で回る。どうしよう、どうやって逃げよう、どこに逃げよう。ああ、逃げ場なんてこの世のどこにもあるはずがないのに。あの人は地の果てまで逃げても私を追いかけてきて髪をつかんで引きずり倒すに決まっている。

 でも、きっとあの人はまだ隣の布団で眠っているはず。お酒で酔っぱらって意識もなく深い眠りについているはずだ。ちょっとくらいの声では起きて来やしない。ああ、でも私の寝息がうるさいと言って首を絞められたことがあるじゃないの。どうしよう、またあんなことされたら。怖い、手足が氷につけたほどに冷たくなっていく。とうとう、こんどこそ本当に死んでしまうかもしれない。そうでなくても殴られ続けて、もう顔の形が変わってしまっているというのに。人間はどれくらい殴られたら死んでしまうのだろう。まさかあの人はそんな実験を私で試しているのではないだろうか。誰かほかの人を連れてきたらその人を代わりにしてはくれないだろうか。いいや、だめだ。あの人は私を殴りたいのだ。いろいろな理由をつけるけれど、そんな理由は全部作りもので、私を殴れたら理由なんてなんでもいいのだ。

 ああそれにしても、あんな夢を見ていたなんて知られたら絶対に今度こそ許してはもらえない。なんという夢を見てしまったのだろう、寝言など言っていなかっただろうか。あの人を殺してしまう夢なんて。そんな気持ちが少しでもあるのだということを知られてしまえば、私は終わりだ。

 いや、大丈夫。話さなければ夢の内容なんて誰にもわかりっこない。

あれ、でもなんでだろう。あの夢のことを誰かに知られてしまったという気がする。まさかあの人に知られるわけない。あの人に人の気持ちが見えるはずない。誰の気持ちもわからない人なのに。自分自身の気持ちさえ理解できない人なのに。

 あの人は人間の気持ちがわからないかわいそうな人。間違ってこの世に生まれてしまった地獄の鬼。そうだ、あの人はとってもかわいそうなんだ。だって……、だって、なんだっけ?


 起床のチャイムが鳴った。隣の布団が、がばっと跳ね上げられる。びくんと身がすくむ。

「ほら、あんた早く起きないとまた看守に叱られるよ!」

 あわただしく電気がついた監房で布団の片づけが始まった。

 ああそうだ。あの人はとってもかわいそう。だって、殺されちゃったんだもの。私が殺しちゃったんだもの。もう殴られることはない。死を怖れる必要もない。

 心の底から笑いがこみあげて声を抑えるのが大変だ。

 なんて素敵な朝!

 おはよう、明るい世界!

 鉄格子の嵌まった窓から降り注ぐ朝日を浴びて、私は生きている幸せをかみしめた。

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