転生したら白雪姫だった

西藤有染

転生したら白雪姫になっていた。

 何を言っているのか分からないだろう。まあ簡単に言うと、気付いたらグリム童話に出てくる白雪姫になっていた。魔法の鏡とか七人の小人が出てくる、あの物語の主人公だ。昨日まで普通に白雪姫として暮らしていたんだが、突如前世の記憶が目覚めた。これが前世で流行っていた異世界転生ものなら、ここから持てる知識を駆使して王妃からイジメられないようにしたり、毒リンゴを食べずに済むようにしたりと、より良い生活の為にあれこれするのだろうが、そうするにはいくつか問題があった。

 まず、前世の記憶が戻るのが遅すぎた。老婆、もといお義母様から毒リンゴを受け取った瞬間に思い出した所で、今から取れる行動の選択肢は限られているだろう。余りにもタイミングが悪すぎる。せめて、思い出したのが今朝であれば、ここから逃げるなり小人たちに守ってもらうなり何か出来ただろうが、こうなってしまってはもう何も出来ない。毒リンゴを受け取ってから固まってしまったせいで、お義母様も明らかにこちらを訝しんでいる。しかし、ここで素直に毒リンゴを食べても、死なずに生き返る事が確定しているから別にいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。そこで出てくるのが2つ目の問題だ。

 俺の前世は男なのだ。いくら体が女性とは言え、男としての意識がある状態で、同じ男から目覚めのキスをされたくはない。別に人の性癖や性質に関してとやかく言うつもりは無い。だが、自分にそっちのは全く無いので、勘弁して欲しい。もしももっと幼い頃に前世の記憶が戻っていたのであれば、白雪姫として成長していくにつれて、精神が身体に馴染んで恋愛対象が男になる可能性もあったかもしれない。だが、実際に記憶が戻ったのは今さっきなのである。体は魔法の鏡が認める程の絶世の美女だとしても、心はバリバリの男なのだ。こんな事なら前世の記憶なんて目覚めなければ良かった。

 何とかこの状況を上手く切り抜ける方法は無いかと考え、ある案を思い付いた。

 

 このリンゴ、飲み込まなければ毒の影響を受けないんじゃね?


 一口齧って呑み込んだふりをして倒れればお義母様も見逃してくれる筈。妙案に思えたそれを早速実行に移す。毒入りのリンゴを一口齧る。思いの外瑞々しく、果汁がたっぷり含まれていた。咀嚼して味わいたくなるのを我慢し、呑み込んだふりをして倒れる。


「きっひっひっひ、これで私がこの世で最も美しい女性になったわ」


 いや、そんな笑い方をする人が世界で一番美しい訳無いだろう。お義母様の戯言に対して心の中で突っ込んでいると、少しずつ意識が遠のいてきた。恐らく、溢れ出る果汁のせいだろうと、まるで他人事のように冷静に判断出来た。ああ、次に目を開けたら至近距離にある男の顔面が目に入るのか、嫌だなあ。そんな思いと共に、意識が完全に落ちた。


 目が覚めて、最初に目に映った物は、閉じられた瞼から伸びる、長いまつ毛だった。次に感じたのは、唇に触れる柔らかな感触。徐々に意識が覚醒していく中で感じたそれは、体育会系のお酒の席で何度も味あわされた男の固くてガサガサとした感触の唇とは全く異なる質感だった。だからだろうか。これが「王子の目覚めのキス」だと気が付いても、嫌悪感は全く無かった。むしろ、唇からその感触が離れた瞬間、それを名残惜しくさえ思った。離れた事で、相手の容貌が目に入る。一言で言い表すなら、それは美少女だった。


「黒髪ボーイッシュ系美少女とか俺得百合展開じゃないですかありがとうございます!」


 驚きと喜びの余り、心の声が漏れてしまった。しょうがない。だってストライクゾーン真っ只中の美少女なんだもの。そんな人にキスされて目覚めるなんて最高だ。というか、城にある魔法の鏡、あれ絶対壊れてるだろ。世界で一番美しい女性は俺じゃなくてこの人だろう。そんな事を考えていると、美少女が困ったように口を開いた。


「えっと、お初にお目に掛かります、白雪姫。その、私は、隣国の王子です」


 ……んん?


「……え、王子様?」

「はい」

「女性では無くて?」

「間違えられる事も多いですが、男です」


 いやいや、そんな筈は無いだろう。あんなにまつ毛が長くて、肌が白くて艷やかで、小顔で、薔薇のような赤い唇をした可愛らしい人が男なんて、そんな事があり得るのだろうか。事実を受け止められず、呆然としていると、彼女、いや彼は、酷く申し訳なさそうな顔をした。


「その、申し訳ありません。姫様の唇を奪ったのがこのような女々しい男だったことに落胆させてしまって……」

「いや、そんな事は無いよ!! むしろ大歓迎です! 結婚してください!!!」


 こうして、白雪姫と王子は幸せな結婚生活を送りましたとさ。ちゃんちゃん。


「……夢か」


 王子からキスをされるまでもなく、目が覚めた。ベッドから出て、鏡を確認する。そこに映ったのは白雪姫ではなく、なんの変哲も無いただの男だった。念の為鏡に問い掛けてみるが、当然何の反応も返ってこない。ここが現実である事を実感しつつ、支度をし、家を出る。


 出社すると、上司から呼び出しを食らった。


「君、今日はこの子の研修を頼むよ」

「はじめまして! これからよろしくお願いします」


 そこに居たのは、夢で見た王子様そっくりの新入社員だった。女性なのか男性なのか、一目見ただけでは判別が付かない。しかし、初対面でいきなり性別を尋ねるのは相手に対して失礼に当たるだろう。だが。

 

 男だとしても有りだな。

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