いつか逢おうと言った彼女
うめもも さくら
悪夢は彼女がいないこと
3月10日
「リナちゃん卒業式の後すぐ海外行くんだって」
幼馴染の名前が耳に入ってきたのでそれとなく聞いた話は俺をひどく動揺させた。
「すごいね!海外ってどこ行くの?」
もちろん俺は会話の輪の中にいないので彼女たちの会話に耳をそばだてることしかできない。
「アメリカだって!前からそっちで仕事するのが夢って言ってたしね」
「そっか、よかったね。そういえば内定もらえた?あたしは……」
俺が聞いてることを知らない二人の会話の内容は切り替わってしまった。
俺の頭は聞こえてきた彼女たちの言葉を反芻していた。
卒業式のすぐ後、アメリカ、彼女の夢。
たくさんの言葉が頭のなかに浮かんでは消えていく。
考えがまとまらず俺は名前のわからない感情に襲われながら帰路につく。
「リナ……」
彼女との思い出ばかりが頭の中を駆け巡っていた。
リナと出逢ったのは幼稚園の頃。
彼女は当時の俺よりずっと大人びていてかなりこまっしゃくれた子供だった。
あの頃くらいの子供って男女関係なく遊ぶしケンカもする。
俺たちもよくケンカして俺は大抵泣かされていた。
だからって仲が悪いわけじゃなくて俺はその頃から彼女のことが好きだった。
「ケンくんはダメだなー」
彼女の口癖になってしまうほど、よくそう言って俺を怒るリナ。
俺は怒られているというのにリナがかまってくれると嬉しかった。
一緒に遊んでケンカして仲直りしていつも一緒に過ごしてた。
そんな関係がずっと続くと思っていた。
けれど大人になっていくにつれて二人の距離は離れていった。
先に離れたのは俺からだった。
中学生になると周りの反応が変わって付き合ってるのかとからかう人々。
それが恥ずかしくて彼女に極力近づかなくなった。
一緒に登下校しなくなり、もちろん遊びに行くこともなくなった。
やいのやいのと周りに囃し立てられて俺がいたたまれないでいた中学生の時、俺は人生最大の失態をおかした。
ある日、彼女が俺の忘れ物を届けに来てくれた。
彼女から物を受け取ったが何も言えずに立ち尽くす俺に彼女は困ったように笑って言った。
「ケンくんはダメだなー」
いつもの彼女の口癖。
囃し立てる周囲の人間の好奇の目。
自分の弱く脆い幼い心。
頭の中がもうぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「うるさい!もうやめろよ!!」
誰に向けて言ったのか、どれに向けて言ったのか俺自身にもわからなかったけれどその場にいた誰もがリナに放たれた言葉だと思った。
俺はもう何をしているのか、どうすればよかったのかわからず、走ってその場から逃げ出した。
それからお互い上手く話すことができず、疎遠になってしまった。
昔のように仲直りもできなかった。
時間がある程度経って軽い挨拶くらいはするようになったけれど、子供の頃のように笑い会える仲ではなくなってしまった。
一度壊れたら直せないものもあると知った時には遅かった。
高校も大学も同じところだったのに関係を修復できなかった。
あの日まで誰よりも近かった彼女との距離はずいぶん離れてしまった。
住んでいるところは変わっていないのに。
彼女は今よりずっと遠いところに行ってしまう。
もう二度と嬉しかった彼女の口癖をきくことはできないだろう。
そんな事を考えて思い出に浸って後悔の念に苛まれながら歩いていると小さな石に蹴躓いた。
よろけた拍子に持っていた鞄から物が散らばる。
なんだか無性に虚しくて悲しくて顔を伏せて物を拾っていた。
「ケンくんはダメだなー」
声がして弾かれるようにその声がした方向を見る。
俺の落とし物の一つを持ってこちらに差し出しながら笑っているリナがそこにいた。
「なんてね!またケンくんに怒られちゃうね」
照れたように笑う彼女がそこにいた。
俺は呆けた顔でただリナをみつめた。
夢かと思った。
けれど、彼女は本当にそこにいて、触れられるほどすぐそばにいてあの頃と変わらない笑顔を浮かべて立っている。
あまりにも長い時間俺が動かないものだからリナは心配そうな顔をして俺と視線を合わせようとしゃがみこんだ。
「大丈夫?具合でも悪いの?」
「あ……いや大丈夫。……久しぶり…だな」
「うん!久しぶり!元気だった?学科違うと会わないものだよね」
リナはあの頃と同じように大人びた笑顔で今までの事まるで気にしていないかのように言う。
彼女が俺の散らかした物を拾ってるのに気づいて思い出したように慌てて俺も集める。
全部拾い終わった時、俺は短く自分の心に問いかける。
このままでいいのか?
このまま離れていいのか、今までと同じような挨拶だけの関係さえも続ける事ができなくなるのに、今隣にいる彼女が手の届かないくらい遠くに旅立ってしまうのに。
俺は意を決して言葉を発した。
「なあ!……どっか遊びに行かないか?」
リナは驚いた顔をして、そして慌てたように自分のバッグを探ってスマホを取り出すとじっと見ながら深く考え込んでいるようだった。
迷惑だったかもしれないと不安に思っていると君が頷きながら答える。
「うん!行きたい!でもこの辺忙しいから24日なら空けられるけど……ケンくんはどう?」
卒業式の前日。
「その日なら俺も大丈夫。行こう」
「やった!もう帰り?帰りなら一緒に帰ろう」
俺は頷きながら彼女の歩幅に合わせて歩き出す。
子供の頃は歩幅なんて考えなかったけれど少し会わない間に俺もリナも大人になっていたようだ。
俺の背よりずっと低く小さい彼女の隣を歩きながら思う。
やっぱり君が好きだ、と。
3月13日
家のチャイムが鳴って出るとリナが立っていた。
「急にごめんね。ラインとか知らなくて電話もできなかったから」
「あぁ、ごめん。気が回らなかった。スマホ持ってくるから待ってて」
「うん。ごめんね!連絡取れないといろいろと不便かなって」
玄関の外に立つリナに中に入るように促して俺は急いでスマホを取って戻るとリナはいなかった。
「ケンくん、こっちこっち!」
リナの声はリビングから聞こえてきた。
俺がスマホを取りに部屋に戻った少しの間に家にいた母に捕まって世間話に付き合わされているようだ。
ご丁寧にテーブルにはお茶と茶菓子まで用意されている。
「リナちゃん久しぶりねぇ!ちょっと見ない間に本当に綺麗になったわねぇ」
おばちゃん感全開の母を窘めながらリナの隣に座ってスマホを見せる。
リナは俺のスマホを受け取り登録していた。
「ケンくんのスマホにもあたしの登録しちゃっていいー?」
「お願いします」
俺はリナのために出された茶菓子をつまみながら答える。
「リナちゃんは彼氏とかいるの?」
「ぶふっ!!ゲホッ……ゲホ……ッ」
口から茶菓子の欠片が飛び出すほど咳き込む。
母がつまみ食いなんてするからよっ!と小言を言いながら茶を差し出してくる。
いや、あんたのせいだよと恨みがましい目を向けるが母は一向に気づかない。
「で!彼氏とかいるの?」
「ふふ、いませんよ。相変わらずこういう話題好きですね〜」
「好き!でも何で彼氏いないの?」
こんなに可愛いのにという母の言葉にリナは苦笑しながら助けてくれと言いたげに俺を見た。
「ほら、もうリナも帰りな。送ってくから」
俺が立ち上がるとリナは驚いた顔をした。
「え、すぐそこだし大丈夫だよ」
俺は首を横に振って靴を履くとリナも遠慮を諦めたように靴を履いて母に挨拶をして外に出る。
「24日楽しみだね!」
リナの家までは短い距離だ。
家に着くと俺にお礼の後最後にそう言って家の中に入っていった。
24日、その日が最後の二人の時間になる。
それからお互い、今まで離れていた時間を埋めるように連絡を取り合いその日がくる。
3月24日
リナは待ち合わせより早くきて、すでに待っていた俺にわざとらしく驚いた顔をして見せた。
今日まで二人で話したやりたいことや行きたいお店を巡ってカフェで一休みしていた時、窓から見えた月灯りが二人の時間の残りの短さを俺に教えた。
明日は卒業式。
あまり遅くまではいられない。
もう少し一緒にいたかったけれど時は無情に過ぎていった。
「送ってくれてありがとうね」
もうこれが最後になってしまうだろう。
彼女が手を振って家に入ろうとした時俺は誰かに背を押されたように彼女に向かって言った。
「あの時はごめん!俺はお前よりずっとガキだったから!お前を傷つけてばっかりだった」
リナは驚いたように振り向いてなにも言わずに聞いていた。
「でも俺は本当はずっと……今でもずっとリナが好きだ!お前がアメリカから帰ってくるのを待ったらダメかな?帰ってきたらもう一度お前を好きだと言うから!!そしたら……恋人になってくれ!!」
この支離滅裂な告白はお世辞でもロマンチックとは言えなかったけれど彼女のスマホの明かりが薄くリナを照らしてそして彼女は笑って言った。
「いつか……必ず逢おうね」
3月25日
彼女はアメリカに旅立った。
それから春休みになっても俺は後悔と彼女のはっきりしない答えの意味を探していた。
4月5日
窓から差し込む光に眉を寄せながら俺は目を覚ました。
「夢……?」
俺はまだ微睡む目を擦り呟いた。
「あ!起きた」
聞きたかった声が聞こえる。
「もう、ケンくんはダメだなー」
もう一度聞きたかった口癖が聞こえる。
リナがそこに立っていた。
俺は弾かれたように起き上がる。
「何でここに……?」
「え?おばさんがいれてくれたから」
そうじゃない。
「5日に逢おうって言ったのに」
いつかって……5
「アメリカは!?」
「え?卒業旅行?昨日帰ってきたけど」
俺が脱力して顔を伏せると上から彼女の声がした。
「で、帰ってきたけど?どうするの?」
もしかしたら俺の勘違いを知っていたのかもと思うような楽しそうな声がする。
俺はいじわるそうに笑う彼女にかっこつかないまま約束の言葉を言う。
そして笑って頷いた彼女と約束を果たした。
彼女の笑った顔を見て俺は思う。
彼女がいないと悪夢の中にいて彼女に会った瞬間それは幸せな夢へと変わる最高の目覚め。
いつか逢おうと言った彼女 うめもも さくら @716sakura87
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