『きらきら星』より
山野 あか猫
♪ Twinkle, twinkle, little star,
夜空を見上げると、たくさんの星がきらきらと輝いていた。
日が沈み、辺りは暗くなったけれども、夜空に輝く星が行く手を明るく照らしてくれている。
彼女は杖をつきながら、ゆっくりゆっくり道を歩いていた。
星の光は小さいけれども、足元を照らすには十分であった。
腰の曲がった白髪の老いた女が一人、杖を突きながらのんびり夜道を歩いていた。
彼女はいったいどこへ行くのだろう。
誰もその行き先を知らなかった。
星たちはただ彼女を見守るだけで、誰も彼女に行き先を尋ねようとはしなかった。
ところが、わき目も降らずにただひたすら歩き続ける彼女に声をかける者がいた。
「お嬢さん」
彼は小さな花束を手に、歌うように語り掛けた。
ようやく歩みを止めた彼女は、目の前に立つ銀の髪の青年を見上げてしばしの間ぽかんとした後、目元の皺を深めて柔らかく微笑んだ。
「年寄りをからかわないでちょうだい。お嬢さんだなんて」
「いいえ、ブルネットの髪の素敵なお嬢さん。花よりも美しく、やさしく愛しい人」
青年は陽だまりのような笑みを浮かべながら、小さな花束を彼女の杖に飾り付ける。
「これまであなたはたくさんの人を魅了してきました。今度はあなたの番ですよ。みんながあなたを愛しています。楽しまなくては! 愛されなくては! 今はこの瞬間しかないのだから!」
青年が手を振ると、夜空の星がいっせいにきらめいた。
一瞬、あたりが昼のように明るくなって、それから強い風が走り抜ける。
思わず目をつぶってしまった彼女の耳に、青年の楽し気な声が飛び込んできた。
「ほら、走って! 立ち止まったら後悔しますよ!」
その言葉に押されて、彼女は走り出した。
花が飾られた杖を握りしめ、彼女は風と共に走る。
ブラウンの目を輝かせ、背筋をまっすぐ伸ばして、ブルネットの髪をなびかせ、大きく足を踏み出し、前へ、前へ。
彼女の行く手は星々が明るく照らし出していた。
走って、走って、頬が真っ赤に染まるのが分かった。
何て言い気分なんだろう!
彼女は走っている。
彼女を拒むものは何もなく、ただひたすらに全速力で走っている。
走りながら全身で大声を上げて笑っていた。
「あなたはだあれ?」
走りながら可憐な声が尋ねた。
「星の精霊?」
青年は銀の髪を煌めかせながら、あっけなく彼女に追いついた。
そうして彼女に向かって大きくマントを広げると、彼女は迷いなく彼の胸に飛び込んだ。
青年は彼女を危なげなく受け止めて、マントで優しく包み込む。
彼女は息を切らしながら、鈴のような声で青年に尋ねた。
「いいえ、違うわ。あなたからは花のにおいがするわね。それだけじゃない。木漏れ日のにおいと、夏の小川のにおいと、湿った土と苔のにおい。それから、そうね、木の実のにおいもする。それから、それから……若い瑞葉と老いた古木のにおい!」
青年の顔を見上げながら、彼女はパッと顔を輝かせた。
「わかったわ。あなたは森の精霊ね」
彼は答える代わりに優しく微笑んだ。
ブルネットの髪を撫でられて、頬に添えられた手に自分の手を重ねながら、彼女はほうっと息を吐き、静かに目を閉じる。
暗い夜空でたくさんの星がきらきら輝いていた。
***
ベッドの中から窓を見上げて、少年はぽつりと呟いた。
「おばあちゃまは無事に天国へ行けたかしら?」
ベッドの端に腰かけた母親が、少年の髪を撫でながら言い聞かせるように囁いた。
「もちろんよ、坊や。今夜は星がきれいだから、きっと天国までの道を明るく照らして、おばあちゃまを導いてくれるでしょうよ」
少年は再び窓を見上げた。
カーテンの隙間から、紺碧の中にきらめく無数の星が見える。
「ねえ、ママ。お星さまはどんな姿をしているの? 本当に、ちゃんとおばあちゃまを天国まで送ってくれる?」
「さあ、どうかしら? 坊やはどう思う?」
母親は少年に微笑みかけて、小さな声で子守歌を歌う。
『きらきら光る小さなお星さま あなたはいったい何者なのかしら?』
♪Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are!
『きらきら星』より 山野 あか猫 @Oct-Anne
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