あなたの隣に行きます。
揣 仁希(低浮上)
遠く離れたあなたの隣に
「チカせんせ〜おはようございます〜」
「はい。おはよう」
「チカせんせ〜おはよう〜」
「おはよう、ほら走ったら危ないわよ」
「は〜い!」
子供たちが元気に校門へと駆けていく姿を私は見送ってから職員室に向かう。
帰国後、公務員試験に合格し今は小学校で英語の先生をしている。
と言ってもあと2日でこの学校ともお別れになる。
正確にはこの日本という国とお別れ。
あのなんともいえない彼らしいプロポーズから半年、私は彼の住む国に行くことを決めた。
彼は今も学校の建設に頑張っている。私はそんな彼をもっと近くで支えてあげたい。
私が折れそうだったときに彼が支えてくれたように、もし彼が何かにぶつかって折れそうになっても私が支えてあげたい。
彼をずっと影から応援している親友のように。
そんな彼の親友は今やドラマやバラエティに引っ張りだこで忙しい日々を送っている。
でも、私は知っている。
そんな中でも彼と私の為に遥々彼の暮らす村を訪れていたことを。
全校集会で私の退職と結婚が発表され、子供たちに大泣きされて私も一緒に泣いてしまった。
何もなかった私が、この子達に少しでも何かをのこしてあげれたのだろうか?
私を取り囲んで、わんわん泣いている子供たちをあやしながらそんなことを考えていた。
部屋に帰ってからは荷造りに追われることもなくゆっくりと休んでいる。
彼が日本に帰ることがない限り私も、もう帰ってこないつもりだから。
余計なものは持っていかない。
大切なものは全部、彼がくれたから。私のこころの中にしまってあるから。
僅かばかりの荷物を整理していて私は彼から届いたエアメールの束を持って悩んでいた。
大切な彼からのエアメール。
でもこの時の私は、間違いなく彼にとっていい想い出じゃないと思う。
エアメールの束を私はそっとごみ袋に入れた。
あんな思いはもうしたくないし彼にもさせたくない。
結局、私の荷物は小さなボストンバックひとつだけになった。
2日後の昼過ぎ、私は生まれ育った国を後にした。
きっともう帰ってくることもないであろう日本を。
私の両親はすでに他界しており、旅立つときには彼のご両親が見送りに来てくれた。
私が飛行機に乗るその時まで、彼のことを宜しく頼むと言って。
飛行機で約9時間。
私は彼の暮らす国に初めて降り立った。
想像とは、遥かにかけ離れた景色。
高層ビルが立ち並んで車の流れは途切れることもなく、まるで都心にいるかのような錯覚を覚える。
そんな大都会から電車に乗って4時間。
次第に風景は都会から街並みになりやがて山と草原ばかりになった。
終点の駅は、駅というにはあまりに何もなく閑散としており、本当に同じ国なのか疑わしいくらいだった。
終点の駅の小さな町で一泊し翌日は朝からバスで移動になった。
町の人に聞いたところ私が向かう先は、ほんの数年前までは何もない森だったそうだ。しかし今は小さいながらも村が出来、学校まで建ったんだと我が事のように嬉しそうに教えてくれた。
私は、その時はじめて実感した。
彼がしている事を、彼が成し遂げた事を。
こんなに離れた町の見ず知らずの人がこんなにも喜んでくれている。
それだけのことを彼はしているんだと。
そこからの移動は決して楽なものではなかった。
険しい山道を上がり、谷底が見える細い道を進み、橋が増水で流されていて迂回したりと10時間近くをかけてようやく彼の暮らす村の近くまで辿りついた。
バスを降りた私が目にしたのは森の中にある小さな村と小さな建物、そして元気に走り回っている子供たちの姿だった。
きっと日本でならほんの1日2日で建ってしまいそうな小さな学校。
そんな学校を彼は10年以上をかけて建てたのだ。
私は、涙が溢れてその場で座り込んでしまう。
「オネーサン、ドウシタ?」
そんな私に話しかけてきたのは小さな女の子だった。それも日本語で。
「カナシイ?」
「ううん、嬉しいの」
顔を上げた私は女の子の後ろに子供たちと手を繋いで笑う彼を見つけた。
「どう?日本語上手だろ?」
「うん」
「みんな将来は日本に行きたいんだって」
「うん」
「僕らの国を見たいんだって」
「うん、うん」
私は、涙でぐしゃぐしゃになって彼に抱きついた。
ここが私のいる場所。私がいたかった場所。
彼は私の頭を優しく撫でていつものように言う。
「おかえり、チカちゃん」
そして私もいつものように返事をする。
「ただいま、ハルキくん」
笑顔がいっぱいの子供たちに囲まれ私と彼は村の中に入っていく。
きっと明日は私にとって最高の朝になるだろう。
新しい人生の始まりであり、彼の妻としての初めての朝に・・・・
あなたの隣に行きます。 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
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