KAC7 全てを取り戻す朝に

神崎赤珊瑚

全てを取り戻す朝に

 虚空からの侵攻者は、結局我々の住む大地全てを滅ぼしたらしい。

 イリアナ姫は、自分の王国が初撃で国王と王太子を失い壊滅した後、王国の残存勢力を糾合し戦う意思を示すが、それでも三日持たず近侍とともに死亡し、その後がどうなったかは全く知らなかった。

 それを知っても良いことは何もないだろうが。



「いよいよ明日ですね。流石に滾ってきます」

 年上の姫付主任メイド・エナがいう。

「うん」

 にっこりと姫は笑う。

「とうとう明日だよ。大丈夫かな」

 不安げに、姫と同じ年の姫付メイド・ウナが言う。

「うん」

 にっこりと姫は笑う。

「姫様はもう感無量というやつですか」

「そうですね。たしかに成し遂げてやったー、という感覚は強いですけれども。でも、これからが本番ですから。

『たった一度のやり直し』のね」



 姫は、死んだ時夢を見た。

 その時、この大地の神は彼女に告げたのだ。

 この世界は一度だけやり直せる。三年の猶予が作れる。

 ただ、三年巻き戻しても、何もせずに過ごせばまた同じく滅ぼされる。

 歴史に力を借りるのだ、と大地の神は言う。

「時空を超える力を与える。だから、国産みの神、暴虐な暴れ神、世界を揺るがした秩序の神、世界を憎み自壊した神の子、世界を救った唄うもの、あらゆるこの大地の過去の神性と英雄と縁を結び義を繋げ、あの敵侵攻時点に集結させ迎え撃つのだ。やってくれるか、イリアナ」

「……やるのは構いません。

 ですがそれ以前の話として。

 あなた自身が支払うリスクはどうします、大地の神よ」

「なるほど。そこに至るか」

「外界からの神性による突然の侵攻に無防備であったり、事後にもこんな小娘のところに重大な話を持ってくるしかなかったり、今回の事態そのものにあなたの重大な落ち度もあるのでは」

「痛いところを。

 まあわかった。儂も主の傍らにいることとし、滅びる時はともに滅びることにしよう」

「わかりました。それなら」



「過去の神代に至ること、三年でおよそ千回超、有名から無名まで数多の神霊に窮状を訴えて来ましたが、一体明日はどれくらい来てくださるのでしょうか」

「存外、数は期待できないかもしれない。時間による隔絶というのは、それだけ強力無比なものだ。

 ただ、わずか数十柱ですら充分すぎる戦力になる」

 イリアナ姫の肩に止まる、今回の復讐劇のスポンサーわれらが大地の神が变化したみどりのフクロウが真面目な顔で言う。

「それに、これは想定外の誤算であったが、主ら三人が神代に出入りするうち、恐ろしく強く成長した。

 今なら、あの箱とでも単独で戦えるだろう」

 箱、というのは前回人類を単機で追い詰めた、外来邪神のことだ。箱型で攻撃を受け付けず、無慈悲に全てを壊す殺戮機械。

「わたしは、もう少し多くの神が来てくれるのでは、と思っています。得物を合わせた感触からは、真剣に我々の訴えを聞いてくれた意を得られてます」

 年上主任メイドのエナが言う。彼女は、神代への旅で求道の武人気質であることが判明した。絶技妙技を多く創作する武錬の達人となっていた。

「意外に半分くらいは来てくれるんじゃないかな。みんな、怖い人だったけど、それでも姫様の話真剣に聞いてくれてたし」

 姫付メイドのウナもいう。彼女は、神代への旅で、魔術の才能を発現させていた。強力な神代魔術と洗練された現代魔術のいいとこ取りを目指して、ほぼ成功させており、ほぼオリジナルの高効率魔術を使う。

 そして、イリアナ姫は、穏やかに笑う。

「私は、全員来てくださると、信じてますよ」



「目覚めた時は、『最高の目覚め』だったんですよ確かに。

 やるべきことはやって、詰んだもの帰結が見られる全ての決算日当日ですからね、大きな期待感と、ちょっとの不安でとてもいい気分でした。

 それが、最悪の朝になってしまったのは、お父様お兄様がこんなに空気読めない人だと知らなかったからです。嘘。知ってましたけど」

 早朝から姫と一行が在所する離宮に訪れた客は、国王王太子連名の書状を携えた詰問使であった。

 詰問使は、イリアナ姫の国家反逆の疑いとなる事由二十四を上げ、申し開きのため早々に王城へと出頭するようにと暴力的な大声で告げる。

「いいですよ。行きましょう。今すぐ。

 詰問使さま、同道させてくださいましね。どうせ、今回の首尾の報告を直接お父様になさるのでしょうから、同じことでしょう。

 そもそもあまり時間のないことですし」

 想定してなかった反応に戸惑う詰問使をもう相手にせず、イリアナ姫は彼の乗ってきた馬車に勝手に乗り込んでしまう。

「エナ! ウナ! C装で出ますよ。予定とは少し異なりますが、王宮から始め、あとは流れで行きます」

「はい!」

「わかりました」



 ガラスの王宮と呼ばれ、壮麗さでは周辺国でも突出した美しい城であった。前回は、その王宮が一撃で吹き飛ばされ、全てが終わったのだ。

「ウナ。

 会談中に始まってしまったら、敵の打撃防御をお願いしますね」

「ですけど。これ、いいんですか」

 ウナが小声で聞き返してくる。

 三人が付けさせられている手首の木枷には王家の紋があり、魔術封じの能力もある。もっとも、今の彼女たちには無力のものであるが、王家紋を破ることに対する禁忌感は二人のメイドには強い。

「そうね。嫌ですよね。今のうちに魔封じは無効化して、王家紋はにゃんこ紋にでも変えておきますね」

 姫が言うが早いか、手枷の紋が変わる。

「これで、時に望んで自在に動きなさい」



「それでは、申し開きはしない、というのだな」

 謁見の間での王族同士の異例の会見は既に始まっていた。

「はい。そもそも話にもならない誣告の類、どうして申し開きを要しましょうか。そもそも、わたしの落ち度とされるもの全ての証拠を出していただきたいです、お父様」

「ふむう」

 今まで娘に愛着というものを見せたことのない王は、少しだけ考えるふりをした。

「しかしな。確かに旧州での税収が予想外に削れているのだがな」

「それは、お父様の新しい愛妾の家がやらかしてます。

 証拠も全て出揃っており、全て身柄も抑えております。

 お父様の裁可さえいただければ、三族残さず誅戮いたしますが」

「それでもな。独断で懲罰金だけでも相当取れたであろう大商家の不正を見逃したのは事実なのだろう」

「見逃した、のは正確ではありません。不正に蓄財したものは、ちゃんと市中に還元させる形で全額以上に使わせたのです。それは金銭の流れを生み好循環となり、その期の経済指標に現れております。多少の懲罰金では全く見合わない成果になっております。

 そもそも、この件は、父上に直接ご説明して許可を頂いた筈ですが」

「そ、そうだっけか」

 イリアナ姫が想像していたよりも、王宮はどうしようもなくなっていた。そもそも、誣告のレベルが低い。それで人を失脚させるつもりがあるのか本気でやれ。

 だいたい、本気でイリアナが国富をちょろまかした件が一切かすってもいない。三人で揃えた装備は、地味な効果であったが、とても高額であったのだ。

 疑いにすらならない罪状を並べ立て、抗弁ですらなく道義を解くのに、流石の姫も疲れ始めたあたりで、空気が転じる。

「姫様」

「うん。お願い」



 天が割れる。

 前世でも見た光景だ。

 雲を空ごと空間を裂き、見たこともない邪神が降りてくる。

 全てを失った前回と違うのは、全てを雪ぐ体制が整っていることだ。



 カッ、と青い光が輝くと、王城が吹き飛ぶ。

 前回と同じ光景であったが、今回は違う。

 ウナが、王城の前で、邪神の熱線を弾き返していた。



「ごめんなさい姫様。エネルギーの残余ってか、お釣りの処理間違えてちょっとはねちゃった」

「構いません。引き続きお願いします。もし想像以上に敵が強大なら」

「そっちの意味なら予想よりも数枚弱かったので問題ないでーす」

 謁見の間はひどい揺れで調度品は半壊状態であった。

「ここでの抜刀は許されませんので、それ以外で適宜対応いたしました」

「ありがとう。エナ」

「私も迎撃に参ります」

 それでも、怪我人が全く出ていないのは、エナが落ちる瓦礫の類を全て一瞬で叩き落としていたからである。近侍の兵も一歩も動けていない。

「お父様。茶番はここまでにしましょう。早く地下へ」

 イリアナ姫が穏やかな表情で言う。

「外来の邪神の攻撃です。

 三年前、どうせ信じてはもらえないと思いながら、お父様に告げたところ、やはり小娘の妄想と切り捨てられたあれでございます」

「しかし。あの恐ろしく強い二人のメイドを従え、国をひっくり返さない保証はないだろう」

 『箱』の遠距離砲撃を防ぎ、近接してくるものは切り飛ばしと獅子奮迅の働きを示している二人。前回は『箱』単体に全人類が滅ぼされたけれども、運用を見ていると尖兵に過ぎない扱いのようだった。

「……ああ。そういう。

 ですが、心配はありませんね」

「姫様。すみません! 新型です」

「見えてます。大丈夫」

 天井が破られ巨大な蟷螂の斧が振り下ろされてくるが、イリアナが軽く片手を上げただけで動かなくなる。

「お父様ごめんなさい。あなたの娘は、こんな身体になってしまいました」

 拳をゆっくり握り込むと。数十メートルに及ぼうかという蟷螂の斧はオレンジ色の光に包まれ押し潰されていく。

「実は私、二人を合わせたより、ずっと強くなっちゃいました」



「こんなことってあると思う?」

 大地から神霊が霊気とともに立ち上ってゆく。

 イリアナの双眸から涙があふれる。

「みんな、来てくれた。

 特に彼らに益があるわけではないのに、たったひとかけらの私への縁と義理だけで、時間と場所を超えて、みんな集まってくれた」

 世界を支える盲目の神。

 五色の古代竜。

 世界の始まりから終わりまで戦いを辞めない火の巨人と氷の巨人すら肩を並べていた。

 人々が讃え伝えた、数多くの神霊が、地上の危機に参集していた。

「これは千を超えている。本当に、これは現実なのか」

 フクロウも驚いている。

「ここまでしてもらっては、みっともないことはできませんね」

 イリアナ姫は空を飛び、激戦の最前線へと向かった。



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