時間を巻き戻すことができる能力者が己の能力を疑い始めるとき
箱守みずき
12回目の2019年3月22日
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は12回目の2019年3月22日だ。12回目? 何を言ってるんだこのアホはと思うだろう。仕方のないことだ。
俺が時間を巻き戻せる能力を持っていることは、俺しか知らないんだから。そして俺は、この能力の存在を信じて疑わずにいた。そう、彼女が現れるまでは。
この能力に気がついたのは俺が小学2年生の頃だ。俺を取り合って、高学年のお姉ちゃん同士が喧嘩を始めてしまったんだ。喧嘩は殴り合いでは収まらず、流血騒ぎにまでなってしまった。
自分のせいだと思った俺は、時間を巻き戻したいと願ったんだ。そうしたら、なぜか俺は布団の中で眠っていた。俺は何が起きたかわからなかったが、どうやら能力を使った時、一番最後に眠ったところまで時間が戻るらしいことに気がついた。
さて俺がなぜ12回も今日を繰り返しているかと言えば、とある女の為だ。長く伸びた艷やかな黒い髪に、鋭い瞳。グラマーな体に気品あふれる立ち振舞。でも少し、危なさを感じさせる。俺はすでに彼女を11回も失っていた。
彼女を失う度に俺は時間を巻き戻していた。
俺はいつものように、着替えを済ます。俺は雑居ビルの一室を寝床兼事務所にしている。ドアをノックする音。俺は「どうぞ」と言って、できたてのコーヒーを注ぐ。ドアが開き、彼女が入ってくる。何度見ても魅力的だ。俺が何の仕事をしているかって? もちろん探偵だ。
「申し訳ありません。まだ開店前だったかしら?」
もう12度目になる会話。
「いいえ、お嬢さん。うちに閉店時間なんてありませんよ。強いて言うなら、俺が死んた時が閉店だ」
「よかった。助けてほしいんです!」
「聞きましょう、あなたのような美しい女性からの依頼なら大歓迎だ」
「今日、私が死ぬのを阻止してほしいのです……」
「おやおや、穏やかじゃあないね」
「こんなこと信じてもらえるかはわかりませんが。私には……予知能力があって、今日、私が死ぬ夢を見たのです。なので、私が死ぬのを阻止してほしいのです」
「なるほど、わかりました。私にお任せ下さい。私に任せてもらえれば簡単な話です」
「ありがとうございます」
それから、俺達はいつものように、彼女の仕事場に向かうことになる。彼女は保険の訪問販売員で、いろんな家を訪問しては保険を売り歩いていた。俺は彼女に付き添って、彼女を守っていた。彼女の仕事ぶりは素晴らしく、次々に契約を取っていた。
「すごいね、何かコツでもあるのかい?」
「相手の立場になって考えることが大切ですよ」
いい笑顔だ。
この笑顔を守りたい。
守りたくて仕方がない。
今の所大丈夫そうだ。しかし油断は禁物だ。これまでにも様々な危険が彼女を襲っていたのだから。これまでの11回は交通事故や通り魔、上からの落下物など様々な死に方だった。
何度かは彼女の優しさに起因していた。普通の人ならスルーしてしまいそうな事故や事件に対し、彼女は人を助けようとし、命を失っていた。彼女が予知能力を持っているというのは本当かもしれないと思い始めていた。俺が時間を巻き戻せるのだ。予知能力があったっておかしくはない。
仕事が終わり。俺達は帰り道にある歩道橋の上を通っていた。ふいに。彼女が俺の目を見つめる。吸い込まれそうな、魅力的な目だ。
「ん――、もう少しかな」
彼女はそう言うと、持っていた書類を落としてしまう。一枚がひらひらと飛んでいく。彼女はそれを掴もうとして、歩道橋から身を乗り出し、そのまま落ちてしまった。突然のことに、俺は対応できなかった。俺は彼女が落ちる前に、時間を巻き戻す。
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は14回目の2019年3月22日だ。
「え、小学校まで同じだなんてびっくりだよ」
「ええ、私もびっくりしました。こんな事があるんですね」
俺達にはいろんな共通点があった。地元が同じだったり、好きな食べ物が一緒だったり。俺はどんどん彼女に惚れていった。ループしているのは俺だけなのに、彼女との距離はどんどん縮まっているように思えた。俺はなんとしても、彼女を救おうと思っていた。
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は17回目の2019年3月22日だ。今度こそ。愛する彼女を救わなければ……。俺はすっかり彼女に惚れていた。彼女は優しくて、聡明で、美しい。
「ありがとうございます。無事に今日を終えることができました」
「お安い御用さ」
ついに俺は、彼女を無事、守り切ることができた。彼女の家は危険だからと、俺の事務所で二人は0時を迎えていた。しかし今回はなぜか、危険がまったく襲ってこなかった。
「本当に……妄言だと思われても仕方のない私の言葉を信じて必死に守っていただいて……。ありがとうございます」
「妄言なんて思ってないよ。君のような誠実で美しい人がそんな事言うわけないじゃあないか。君を守れて、本当に……本当に良かった……」
俺は17日分の感情が溢れてしまい、彼女の前だと言うのに泣いてしまった。
「ありがとうございます」
彼女はそんな俺を見て、優しく微笑んでくれている。なんて優しい人だ。
「あのう……今日は、もう遅いので、ここに泊めてもらってもよろしいでしょうか?」
顔を赤くしてお願いする彼女。
俺の答えはもちろん。
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は2019年3月23日だ。おっと、今日は日時を確認している場合じゃあないんだった。俺の隣には彼女が眠っているのだ。
俺は眠っている彼女を眺めながら、昨日の事を思い出していた。やっと、やっと今日の朝を迎えることができた。しかしなぜあんなにも。俺は苦労したのだろう。
考えるうちに、俺はある違和感を覚えていた。俺の違和感はどこから来るんだろう。昨日、彼女はどうにも自ら死に急いでいるように思えた。それも、俺の目の前で。でも俺にはそんな事をするような理由が思い浮かばない。それに、彼女は生きたいと言って俺を頼ってきたのだ。
俺は彼女のあの言葉を思い出していた。
「ん――、もう少しかな」
あれはどういう意味だ?
もしかして、彼女は俺の能力を知っている? でも俺はこの能力の事を誰にも言ったことがない。じゃあなぜ知っている? 俺の心でも読めると? 確かに、俺が時間を巻き戻せる能力を持っているぐらいだ、他にも別な能力を持っている人間がいたって不思議はない。
心を読める能力……。もしそんな能力があったとして、俺の心を読んでいたら。俺が時間を巻き戻せることも知り得るのか……。だがなぜ死んだりする必要がある?
まさか、俺の前で何度も死ぬことで俺が彼女に惚れるように仕向けたってことか?
俺は1回目に彼女に会った時の事を思い出そうとする。俺は最初から彼女にぞっこんだと思っていたが……。だめだ、思い出せない、すでに17日前の事だ。まさか、最初俺は何の変哲もない普通の依頼だと思っていた?
昨日が始まる前に、彼女は計画を立てる。そして昨日、彼女は俺の心を読みつつ俺に接触する。俺の心を読めば、今が何周目で、俺がどれだけ彼女に惚れているかなんて簡単にわかるはずだ。
「どうしたの? こんな最高な目覚めの時間に深刻そうな顔をして?」
「いや、なんでもないさ……。そういえば……。君って、人の心が読めたりする?」
「そんな事できるわけないじゃない」
「そう……だよね」
あの時、俺が能力を使わなければ、彼女は死んだままになっていた。あれがもし、彼女が俺の能力を知った上で計画的に起こしたことだとすれば、彼女は目的の為なら自分の命すら簡単に捨てれるような人間だということだ。
俺は隣で笑っている彼女が急に怖くなる。
俺の恋心は本物なのだろうか……。
俺は時間を巻き戻す度に、大切なものを失っていたのかもしれない。
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