25回目の2019年4月11日?

 いったい彼女は何を言っているんだ……。

 俺の能力がただの思いこみだって?


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日はの2019年4月11日だ。彼女を救った日から、彼女は俺の事務所に入り浸るようになった。俺の部屋に生活に必要な物を持ち込んだ。


 昼はいつもどおり仕事に出向き、俺の部屋に帰ってきては俺と寝ていた。俺は彼女の事が怖かったが、それ以上に彼女は魅力的で、次第に恐怖は薄れていっていた。


 俺はいつものように。仕事に精を出す。探偵と言っても、殺人事件などを解決することなんて無く。ほとんどは浮気調査や人探しだ。

 

 彼女と暮らし始めて十数日が過ぎたある日の朝の事。


「ああ……また、予知が来たわ……」

「安心しろ俺にまかせておけ」


「でも今度は……あなたの命も危ないわ……」

「俺の命も?」


「ええ、あたしの能力を狙っているグループが襲ってくるのかも……あなただけでも逃げて? お願い」


「残念ながら君のお願いでもそれはできないね。君を失って、俺だけが生き残った世界に俺は何の希望も感じないね」

「ありがとう……でも。気をつけてね」

「もちろんだ」

 

 そういう彼女はとてもセクシーだ。しかし俺の命も狙われるというのは厄介だ。能力を使う前に死んでしまってはどうしようもない。

 

 その日は本当にハードな一日だった。彼女を狙って複数の刺客が送り込まれてきていたのだ。ちょっと目を離した隙に彼女は連れ去られて行った。その度に俺は時間を巻き戻した。


 しかし何度巻き戻しても、彼女がさらわれることや、彼女が死んでしまうこと、あるいは俺自身が瀕死の状態になることを避けることができなかった。


 ここで俺は、ある決断に迫られる。

 彼女に俺の能力を打ち明けることだ。

 

 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日はの2019年4月11日だ。


「そっちはダメだ!」

「でもこっちに行かないと奴らに追いつかれるわ!」


 俺は何度もこのシーンを経験しているので、向こうに敵が待ち構えていることを知っている。だが彼女にどう説明したらいいというのだ。彼女は必死に逃げている。


 俺が納得のできる説明をしなければ彼女は何度でも敵に向かって走って行くことだろう。こんな事が頻繁に起きていた。俺は彼女に、危険であることの納得できる説明ができないのだ。


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日はの2019年4月11日だ。


 俺は満を持して、予知が発動したと言った彼女に告白する。


「奴らと戦う前に、聞いてほしいことがあるんだ」

「何? ここも危ないのよ?」


「俺は……時間を巻き戻すことができるんだ」

「え、どういう事? こんなときに冗談?」


「冗談なんかじゃあ無い、ホントの事なんだ。俺の中じゃあ、もう19回目の今日なんだ。18回も君を助けるのを失敗している。君を助けるためには、君の協力が必要なんだ」


「ちょっと、何言ってるのよ! 冗談じゃないわ……こんなときに……」

「信じられないのは仕方が無いことだと思っているよ」


 俺は誠心誠意、彼女に俺の事を伝えようとした。それでも彼女は信じてくれなかった。そして、怒った彼女は事務所を飛び出して行き、あえなく敵に捕まってしまった。


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日はの2019年4月11日だ。


「そんなの……そんなの思い込みよ……」


 あれから何度も説明の方法を変え、なんとか彼女は俺の言うことを真剣に聞いてくれるようになった。しかし、彼女から返ってきた言葉は意外な物だった。


「思い込み? どういう事だ?」

「あなたはだけだわ」


「そんなわけないだろう、実際俺は時間を巻き戻している!」

「どうやってそれを証明するというの?」


「そうだな……君は……アップルとオレンジをブレンドした紅茶が好きだ。これは5回目の今日、君と初めて話したことだ」

「そんなの……調べてればわかることよ」


「俺はこれまで、この能力を使って様々な事件を解決してきた。これは時間を巻き戻せないと説明できない!」

「偶然うまくいった物事を巻き戻し能力のせいだと思いこんで、うまくいか無かったことを忘れているに過ぎないわ」


 俺は、反論できなかった。

 まさかな……俺の能力なんて存在しない?

 ただの思いこみ?


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日はの2019年4月11日だ。だが、本当に25回目なのか。俺が24回体験したという日は本当に存在していたのか。


 それは、俺以外にだれも知らないのだ。俺はこれまでののことを、眠る前の事として記憶している。俺が時間を巻き戻しているという物理的な証拠など無いのだ。


「そもそも。あなたが記憶を保持したまま時間を巻き戻せるなんておかしいじゃない。記憶というのは物理的な物よ。脳の回路が異なるんだわ。でもあなたが怪我をした時に時間を巻き戻した時、怪我は治っていたんでしょう? 矛盾してるわ」


 そのとおりだと思った。じゃあ俺は……本当にただの人間なのか?

 これまで俺が変えてきたと思っていた時間は全て俺の妄想だったと?


 でも、彼女が俺の能力について疑いの目を持ったのは23回目の今日だ。あれからも俺は時間を巻き戻せている。それこそが俺が時間を巻き戻せている証明に他ならないのでは無いのか? それすら彼女は俺の妄想であると言うのだろうか?


 俺の記憶は時間を巻き戻すにつれ薄くなっていく。当たり前だ、20日も前のことを鮮明に覚えれるわけがない。じゃあ、俺が20日も今日を繰り返していることを誰が証明する? 俺自身すら曖昧な記憶しか持っていないというのに……。


 俺は何がなんだかわからなくなっていた。

 それでも今日はまたやってくる。


 俺は彼女を助けることができるのだろうか。


 俺は彼女を助けることよりも、自分が時間を巻き戻せることをどうやったら証明できるかということを考えていた。俺は自分が本当に時間を巻き戻せるのかどうか、疑い始めていた。

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