28回目の2019年4月11日?


「ここだ、ここで突風が吹いてレポーターの傘が飛んでいく」


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は28回目の2019年4月11日であるはずだ。


 俺は俺が時間を巻き戻せることを証明するために、テレビをつけ生放送のニュース番組にチャンネルを合わせる。ちょうど、天気予報の中継で、雨の中レポーターが状況を伝えていた。


「ここだ、ここで突風が吹いてレポーターの傘が飛んでいく」


 俺が言った直後、春の嵐だろうか、突然の強風がレポーターを襲い、傘が飛ばされてしまう。レポーターはそれでも中継を続けていた。


「どうだ、俺が時間を巻き戻せることの証明だ。俺は前回の今日、この放送を見ていたんだ」

「そんなのただの偶然じゃない。当てずっぽうに言ったのが当たったに過ぎないわ」

「そう言うと思ったよ。だがこれだけじゃあない。次もある」


 俺はそのニュース番組の様子を事細かに予測していった。


「偶然にしては出来すぎのような気もするけど。でも幸運が続いているだけとも言えるわ。それに、当たらなかったことも何度かあったわ」


 そうだ。そうなんだ。この問題がある。残念なことに俺が巻き戻した世界というのは、毎回少し違うのだ。これについては、俺もいろいろ試したり、調べたりしていた。


「『バタフライエフェクト』と『ラプラスの悪魔』って知ってるか?」

「『バタフライエフェクト』なら知ってるわ。些細な違いがゆくゆくは大きな結果の違いになるって話でしょ」


「そうだ。君はいつか、俺の能力の矛盾点を指摘したね。といっても君は覚えていないんだけど。俺が怪我をした状態で時間を巻き戻した時、怪我だけが治って、脳の回路だけが変わるのはおかしいって」

「あいかわらず面白いことを言うのね。私が指摘しただなんて」


 彼女は最初こそ、怒っていたものの、俺が真剣に話すのを見て、彼女も真剣に聞いてくれようとしている。


「問題は俺の脳が書き換わってるってことなんだ。これでは毎回同じ世界とは言えなくなるんだ。すごくだが些細な違いが発生している。この些細な違いが結果的に

大きな違いを生んでいる可能性がある」


「なんとなくは理解できるけど……あなたの頭の中の回路の違いが、遠く離れたテレビの中継現場に影響を及ぼすとは思えないわ」


「それはごもっともな話だ。それについては、『ラプラスの悪魔』が関わってくる」


「その言葉、なんとなく覚えているわ。バタフライエフェクトと似たような話よね」

「よく知ってるね。意外とそういう本を読んだりするの?」


「予知能力について調べてたことがあったの」

「なるほどね。『ラプラスの悪魔』っていうのは、因果律に関する考え方だ」

「あなたこそ、見かけによらず博識なのね」


 俺はテレビをつけるために使ったリモコンを持って立ち上がる。

 彼女はベッド代わりにしているソファーに座ったまま不思議そうに俺を眺めている。


「俺も俺の能力について調べただけさ。例えば俺が、リモコンを持っている手を離すとする。もちろんそうするとリモコンは落ちていく。簡単な話だ。これは何回やったって結果は変わらない。そして、リモコンが落ちる速度や落下点とかは、俺が手を離した時のデータがあれば完全に予測できる」


「物理学で習うやつよね。私は最初らへんでもうわからなくなったわ」

「オーケイレディ。オーダーはとても易しくだね」


「要は物事をどこまで予測できるかって話だ。俺が落としたリモコンの運動を完全に予測できるのなら、もっと範囲を広げて、俺自身の行動や、世界全体の動きすら予測できるんじゃねっていうのが『ラプラスの悪魔』の考え方だ」


「未来が完全に予測できるってこと? そんなことできたら何も楽しくなさそうね」


「大丈夫。そんな世界じゃあなかったんだ。この世界は。『神はサイコロを振らない』って知ってるかい?」

「アインシュタインの言葉よね。でもそれ以上は知らないわ」

「そこまで知ってるならオーケイさ」


「『神はサイコロを振らない』っていのは黎明期にあった量子力学を揶揄する時にアインシュタインが使った言葉なんだ。量子力学では、確率で物事が決まるとされていたのをアインシュタインがありえないと言ったんだ」

「確率?」


「そう、確率だ。サイコロってのは振るたびに違う目が出るだろう? 量子力学でも、観測するたびに違う結果が出るという考え方なんだ。もちろん、すべての物事がそうなるってわけじゃあない。俺がリモコンを落とすような人の目で認識できるような大きな物事は見た目上変わらない。でもミクロな視点で見たら、リモコンを構成する原子の並びとかは毎回違うはずだ」


「それとあなたの能力とどう関係があるっていうの?」


「俺が繰り返している世界は毎回全く同じ物じゃあないってことだ。毎回少しずつ違う世界が実現してる。そればバタフライエフェクトと量子力学によって説明できるってことさ。だからこそ、俺はテレビの中継を完全には予測できない」


「私には難しい話だわ」


 だろうな。俺は落胆する。そうなんだ。理論的には説明できても、話が難しすぎたんじゃあ意味がない。特に量子力学の話なんて俺でさえほとんど理解できていないっていうのに。


 俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は32回目の2019年4月11日であるはずだ……。


 何をしても、彼女を納得させるだけの証拠を出せない。たとえ地震やなんらかの事件を予測できたとしても彼女は信じないだろう。偶然と言われてしまうと俺は反論できないのだ。もっとたくさんの証拠を用意しようにも。彼女の命が危ない状況ではやりようがないのだ。俺は、途方に暮れていた。

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