34回目の2019年4月11日?
「あなた、自分がとても矛盾したことを言っているのに気がつかないの?」
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は34回目の2019年4月11日であるはずだ。
俺は時間を巻き戻すのをためらいつつあった。俺は俺が、本当に時間を巻き戻せるのか自信がなくなりつつあったのだ。
「あなたの言う『バタフライエフェクト』と『ラプラスの悪魔』は、現代物理学が正しいとした時の理論でしょ。でも、あなたの言う時間の巻き戻しは完全に現代物理学に矛盾しているわ」
その通りだった。俺は矛盾したことを言っているのかもしれない。俺の時間を巻き戻すという能力は完全にこの世の
そんな能力を持っている俺がこの世の
これまで俺はこの能力を過信して、危ない道を歩いたりもしていたが、いまとなってはためらわざるを得なかった。いざ時間を巻き戻すタイミングになって、巻き戻せなかったら俺は一巻の終わりだ。
「逃げよう。安全な道を……行くんだ」
「もちろんよ」
俺はこれまでと違い、とにかく安全なルートを通ろうとした。それが功を奏したのか、これまで以上に彼女を守ることができていた。いつの間にか俺は、俺の能力があるがために、危険な道を選びがちになっていたのかもしれない。
「こっちだ」
「ええ」
俺は彼女を連れ、人の多いショッピングモールで食事をとる。ここならいくら相手が非合法な集団であろうとも、白昼堂々人をさらうなんてことはしないだろう。これまで俺は人前を避けて行動していた。
これには訳がある。人が多いということは、それだけ不確定性が上がるということだ。これまで俺が時間を巻き戻す時は人が少ないところを選んでいた。人が多いところに行けば行くほど、巻き戻した時の選択肢が多くなると思っていたからだ。
例えば選択肢を選んでいくアドベンチャーゲームがあるとするだろう? 正解を選び続けばゲームクリアだ。俺の場合、人が多いところに行くということは、選択肢が無限になってしまうことを意味するのだ。
「ここは24時まであいている。ずっとここにいるもの手だが、予言は何時まで有効なんだい?」
「多分、日が暮れるまでに何も起きなければ大丈夫だと思うわ」
俺たちはレストランの隅で日が暮れるのを待ち続けた。そして、時刻は19時を回ろうとしていた。
「もう大丈夫よ。ありがとう。やっぱりあなたって最高よ」
「その笑顔を守りたかったんだ。さぁ家に帰ろう」
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は1回目の2019年4月12日だ。だが、今の日時を確認することに意味があるのか、いまとなってはわからない。
俺はできるだけ、時間を巻き戻すようなことが起こらないように行動していた。それでも、仕事中に時間を巻き戻したくなる時もあった。そんなときは時間を巻き戻した。だが、巻き戻したと思っている時間が本当に実在した俺の記憶なのか、俺にはわからなくなっていた。
彼女が言うように、俺には妄想癖があって、その妄想が偶然にも実世界と一致しているだけなのかもしれない。いつか俺は、時間を巻き戻せると思いながら、あっけなく死んでしまうのかもしれないのだ。
「どうしたの? 最近浮かない顔をしていることが多いわ」
「ああ、いつか俺が時間を巻き戻す能力を持っていると言ったよね」
「そんなこともあったわね」
「そのことで悩んでいるんだ。俺に本当にそんな能力があるかどうか、一体どうやって証明したらいい?」
彼女から返ってきた言葉は意外なものだった。
「簡単なテストをしましょう」
「テスト?」
「明日の朝、私はあなたより少し早く起きて、ランダムな50音1000文字を用意するわ。あなたは私が用意した1000文字を覚えて時間を巻き戻す。あなたの言う2回目の明日の朝、あなたは覚えた文字を私と答え合わせをする。簡単でしょ?」
「そんなことでいいのか? 前は、テレビを言い当てたのに信じてくれなかったのに」
「そんなの信じるわけないじゃない。テレビなんていくらでも工作できるわ。私は私しか信じないの」
テレビは工作できる。か、確かに録画したテレビを流したりの工作なんてデジタル化の進んだ今の時代、簡単にできるのかもしれない。50音1000文字か、正確に言い当てることができたなら、確率は50の1000乗。天文学的以上の数字だ。
「乗った。よろしく頼む」
「お安い御用よ。あなたは私の恩人だし、愛する人よ」
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は2回目の2019年4月18日であるはずだ。俺は1回目の今日、彼女が用意した1000文字の50音を必死に覚えた。
「おはよう。俺は今、2回目の今日を迎えている」
「あら、そうなの? じゃあ、もう覚えているのね?」
「ああそうだ。答え合わせをしよう」
これで、これで俺の能力が本物であると証明できる。
「読み上げるぞ。ずみげぴえづじのえとすうちぶむごふぱれえよがろといじきえたゆ……」
俺は一字一句間違わず言えたはずだ。
「どうだ……?」
「残念ね。私も、あなたの能力が本物だったらどれだけ嬉しかったか……」
「うそだろ……」
彼女が持っていた紙には俺が覚えたものとは全く異なる文字列が書かれていた。
「何かの……何かの間違いだ……」
なぜだ、この紙に書かれている文字は俺が時間を巻き戻す前にすでに決定されているものだ。だから俺が何度時間を巻き戻しても変わらないはずだ……。なのに、全く違う文字列だなんて……。じゃあ、俺が経験した1回目の今日は本当に存在しないのか? そんなことが……。
「もう1回だ!」
俺はもう一度、彼女が持っていた文字列を覚え、時間を巻き戻した。
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は3回目の2019年4月18日であるはずだ。
「だめね。一文字もあってないわ」
何度試しても、俺は文字列を当てることができなかった。俺はこれまで一体何を信じてきたと言うんだ……。
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は5回目の2019年4月13日だと思っていた。だが、これも俺の妄想なのだろう。
「大丈夫? だいぶ、顔色が悪いみたいよ」
「すまない。俺は、俺はただただ妄想がさかんなだけの男だったようだ」
「だれだってそんな妄想をすることぐらいあるわ」
「俺は……これから先、君を守ることができるだろうか……」
俺の能力が妄想だとわかった時、最初に不安になったのは彼女のことだ。彼女のことを守っているのは俺の能力だと思っていた。でもそんな能力は存在しないのだ。どうすればいい、こんなに愛しい彼女を、どうやって……。
「あなたはそんな能力なんて無くたって何も問題無いわ」
「そうだろうか……」
「私が保証する。だから元気を出して? あなたといると、私、本当に幸せなのよ。こんなに愛に溢れた人、あなたが初めてよ」
「俺が? 俺なんか君を愛しいと思っているのに、全然口に出せずにいるのに」
「いま言ってくれたじゃない」
「そうだけど……」
「それに、いつも感じているわよ。あなたの愛を」
俺の一日は、今の日時を確認するところから始まる。今日は2019年4月19日。なかなか習慣というものは変えられないものだ。俺に時間を巻き戻す能力なんて無いのに、確認せずにはいられない。
彼女は今日も、いつもどおり仕事に出かけていった。時間を巻き戻せないというのは恐ろしいものだ。全てが一発勝負だなんて。俺には世界がとても恐ろしいものに見えていた。
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