“いばら姫”ターリアの花は咲くか?

Win-CL

第1話

 ――そのデスゲームの始まりは、運営AIからのアナウンスだった。


 没入型MMORPG『Iron Heinrichアイロン・ハインリッヒ』。


 赤ずきん、灰被り姫、白雪姫、ラプンツェル、ヘンゼルとグレーテル。

 そんなグリム童話たちの世界を舞台にしたゲーム世界。


 プレイヤーはグリム童話のキャラクターを演じ、それに準じた能力が使える。魔物と戦ったり、他のプレイヤーと戦ったり。しかし戦闘だけではなく、生産やペットなどの幅広いプレイができる。


 私はそんなゲーム世界でクエストを消化しながら、現実世界で交際している彼と、ほのぼのとした日常を楽しんでいた。楽しんでいたのだけれど――


『サービス開始から二年余り、未だに最後のクエストクリアを達成したプレイヤーはおりません。生活にのみ注力し、挑む者も少なくなってきました』


 その世界の終わりを、突然に告げるアナウンス。

 淡々と、抑揚もなく、無機質な音声。


 私がゲームを初めて一年が経過した、なんの変哲のない一日。

 その日が、絶望の始まりとなるXデイとなったのだ。


『私は、クリアを望んでいます。ゲームに参加したのなら、クリアを目指すのが貴方たちの義務です。できないのなら――死んでいただきます』


『KHM???』と呼ばれた最後のクエストの目的は、このゲーム世界のラスボスを倒すことで。これまで何組ものパーティが挑んで、誰一人としてクリアした者がいないという超高難度のクエストのことだった。


 私も何度も挑戦したことがあるが、結果は言わずもがな。

 別に無理してクリアすることもないと、諦めていたのである。


 しかし、クエスト以外にも楽しみのあったのが仇となった。

 誰もがゲーム内での生活だけで満足していたのだ。


「そんな……」


 突然始まったデスゲーム、ログアウトが禁止され、その時に接続していた550人近くのプレイヤーたちは混乱に陥った。






 私と彼――ハーメルンがまず行ったのは、運営AIとの対話だった。


 なんと、運営へ向けてのメールフォームは開いていた。そこへ質問を送って、答えが返ってくるかを確かめたのである。


『Q:最後のクエスト、ゲームクリアとは「KHM???」のボス攻略クエストのことですか?』


 そして……答えは――


「……ターリア、返ってきたよ。質問の答えだ」


『A:その通りです。貴方たち550人のうちの誰かが、一ヶ月以内に「KHM???」のクエストを攻略することでゲームクリアとなります』


 いろいろと質問を繰り返し、デスゲームのルールを探ってみた。……こちらを解放する等の要求は、クリア以外の条件は無いと突っぱねられてしまったけど。


『Q:そちらが期限として設けた一ヶ月の間、ゲーム内で死亡した場合、リスポーンは行われるのでしょうか?』

『A:。期限が終わるまで、またはゲームがクリアされるまでは、昏睡状態になっていただきます』


 これまでは何度でも再チャレンジできたからこそ、多少無茶な戦法でも試みることができたのに。失敗は死を意味するのなら、うかつにクエストに挑むこともできない。


 そして、もっと都合が悪いのは――挑戦した者がそのまま脱落したのなら、情報の共有をすることができないということだった。


『Q:期限以内に誰もクリアーできなかった場合は、どうなりますか?』

『A:全員死んでいただきます。期限終了時まで生き残っているプレイヤーも強制的に死亡状態へとなっていただきます。クリア以外に、貴方たちが生還する方法はありません』


 進むも地獄、引くも地獄。

 外部からの助けを待つことに、どれだけの希望があるのだろう。

 唯一の救いは、即時ではなく期限終了時に死が決まるということだけ。


 私はこの情報を、プレイヤー全員に共有した。

 命に関わる直接的な情報だったから。真剣に今の状況を考えないと、ただ無為に脱落してしまうと考えたからだった。そして――共有と同時に、瞬く間に混乱が広まった。






 みるみるうちに他のプレイヤーは脱落していき、残り一週間近くになると半数近くの220人余りにまで減っていた。


 一縷いちるの望みをかけて、クエスト攻略に出たのが60人。魔物に襲われ死亡してしまったのが70人。他のプレイヤーに殺されたのが40人。それを咎められ殺されたのが10人。そして、自ら命を絶ったのが50人。


 ……自分より強いプレイヤーなど幾らでもいた。その誰もが、脱落してしまった。


 絶望的だった。死を待つだけ、というのがどれほど怖い事なのかを知った。だからせめて、他の人を支えて回ろうと決めたのだ。いつかはそうなるとはいえ、混乱を広めてしまった私にも、罪の意識があったから。心細くて折れてしまわないよう、互いに励まし合って日々を乗り切った。


 この世界は救われないまま滅びの時をただ待つのみ。


「ターリア、君には……これから僕のすることを見ていて欲しくはない」


 絶望の淵に立たされて、立ち上がったのはハーメルンだった。

 ずっとふさぎ込んでいた彼は、暗い表情のままこう言った。


「これからの僕の行いを許してほしい。そして、信じて欲しい。君をこのゲームから救うには、他のプレイヤーたち全員を救うには、これしか方法は残っていない」


 そう言って、私に剣を向けたのだ。


「必ず君を助けてみせる。涙を流さなくても済むような、そんな未来を約束する」


 彼の『必ず君を助けるから』という言葉を最後に――私はデスゲームから脱落した。






 ――病院のベッドの上で目を覚ましたのは、それから一週間後のこと。


「嘘……。私……生き……てる?」


 目覚めた直後は、意識もまだ覚醒してなくて。


Iron Heinrichアイロン・ハインリッヒ』での生活が、これまでの自分の人生だったのではないかと錯覚すらしていた。現実というものを認識できるようになって、今度は『あのデスゲームが嘘だったのではないか』という疑問が浮かんだのだ。


 ……それも、看護師さんから本当のことだったと聞かされたのだけれど。


 あの運営AIが言ったことが真実だとすれば、この日を迎えるはずではなかった。

 ゲームの期限は終了し、私は死んでいなければならない日だった。


 それがないということは――クリアしたのだ。誰かが。


 意識が戻ってすぐは、体力と筋力の低下で動くことが出来なかった。当然だ、一ヶ月近くも眠り続けていたのだから。


 これでは、『太陽と月とターリア』のいばら姫ターリアではなく、『眠れる森の美女』の眠り姫スリーピング・ビューティーだと笑われてしまう。髪も伸びて、不健康に痩せてしまった今の私は、姫なんて程遠いけれど。


 目が覚めてから少しばかりの時が過ぎ、そこでやっと動けるようになって。私は看護師さんに、他の患者について訪ねてみた。ハーメルンは――彼はこの病院にいるのだろうか。


 答えはイエス。同じ病院に収容されていた。ただ――


「その方は……まだ目を覚ましていません」

「え……」


 そんなやりとりをしたのが、最初の一日目。

 その時は、人によって差があるのだと伝えられていた。


 数日もあれば嫌でも、事件の概要を耳にする。


『没入型ゲームには徹底した安全への配慮が確約されていたのでは?』

『これから先、見直しが――』


 管理用のAIが運営の手を離れて暴走していたということ。

 騒動に巻き込まれたプレイヤーたちは、端末ごと直ちに病院に収容されたこと。


 ……ずっと眠っていた被害者たちが、各地で次々と目を覚ましたのだ。

 むしろ、どのチャンネルでもその事件について取り扱われていた。


『生還したプレイヤーのが、ゲーム内で【自分たちと同じプレイヤーに殺害された】と話していることが分かりました』

『下手をしたらそのまま死に直結していたわけでしょう。この場合は、法には――』


 そして、ゲームに参加した550人の参加者のうち、全員が意識を取り戻したということ。そのうちの一人が、彼だったこと。


『……えぇ、とても怖かったです。どこまで逃げても追ってきて』


 彼ではないもう一人が目を覚ましたのが、私が目を覚ましてちょうど一週間の日だった。だけれど、彼だけがまだ意識を取り戻していないらしい。


「ゲーム参加者の……彼だけがまだ目を覚ましていないの」

「そんな……何で!?」


 その真剣な表情を見ると、嘘を言っているようには思えない。

 550人中549人は戻ってきたのに、どうして彼だけが?


『忘れないで欲しい、必ず君を助けるから』


 彼が私に言った最後の言葉だけが、脳内でずっとリフレインしていた。






 そうして今日は、彼の病室に行ける日。

 看護師さんからの朗報が届いたのは目を覚ました直後だった。


「貴方の言っていた彼、目を覚ましたそうよ!」

「本当ですか!?」


 ――いても経ってもいられず、病室へと向かう。走ることはまだできなかったので、手すりに縋りながら看護師さんの補助を受けて早足で向かった。


 ベッドで上体を起こして、医師から話を聞いている姿があった。

 一瞬で分かった。……彼だ。彼があのデスゲームを終わらせたんだ。


 自然と、涙が溢れていた。

 あの電脳世界で、どれだけ辛くても泣けなかったからだろうか。

 一度せきを切った涙はどんどんと続けて溢れて。


 彼はそんな私を見て、『……約束したのに。僕はまた一つ、嘘を吐いてしまった』と悲しそうに笑った。ハーメルンは『ごめん』とターリアに向けて謝った。


 悲しいことなんて、一つもない。物語はそう、ハッピーエンドだ。

 他の誰でもない彼が、この物語をハッピーエンドにしてくれた。


 お願い、謝らないで。

 私は、あなたのいばら姫ターリアであることが、とても幸せなのだから。


 だってそうでしょう?


 いばら姫の――眠れる森の美女の物語は。

 茨を越えた最愛の人が、最高の目覚めをもたらして終わりなのだから。

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