居残りさん

化野生姜

居残りさん

資料映像  


2019年2月15日 

四方平小学校


提供 井筒市警察署


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PM:8:15

職員室カメラ


『じゃ、お先にー。』


男性教諭が一人、職員室から出て行く。


『平野先生、お疲れ様です。』


『明日もよろしくお願いしまーす。』


机の上のパソコンを開き、

女性教諭と男性教諭が残って仕事をしている。


PM:8:16

東棟北側・廊下カメラ


平野と呼ばれた教諭が廊下を歩く姿が映る。


PM:8:16

職員室カメラ


男性教諭が伸びをする。


『あーあ、いいなあ。他の先生はみんな帰っちゃって。

 俺たちだけ残業なんてバカみたいだよ。』


女性教諭はパソコン画面から目を離さずにため息をつく。


『…仕方ないじゃないですか。明後日からテストだし。

 そういえば、生徒のあいだで噂になっているんですけど、

 あんまり遅くまでいると「居残りさん」っていう、

 お化けが出るらしいですよ。都市伝説みたいなものですかね。』


男性教諭はふふんと笑うと肩をすくめる。


『…そういうの、よく聞きますよ。

 夜は早く寝なさいだの、お化けが出るのだの。

 うちの婆ちゃんも寝ない時には言ってましたよ。

 この土地には夜に人をさらいに来るお化けが出るって。』


女性教諭は顔をしかめる。


『え、やめてくださいよ。

 実家通いの佐藤先生は近くていいですけど、

 私はアパートまで20分かかるんですよ。』


『じゃあ、俺の家に今日は泊まりますか、柏木先生?』


『嫌です。』


『つれないなあ。』


PM:8:18

職員玄関カメラ


平野がドアを何度か押すが、

しばらくしてから首をかしげる。


『開かねえな…』


平野は職員玄関から離れる。


PM:8:18

職員室カメラ


佐藤と呼ばれた男性教諭がお茶を飲んでいる。


『でも、確かに変なんだよね、うちの学校って。

 部活も無いし、やたら先生方が早めに帰るでしょ。

 地元の商店街も5時に閉まってそれっきりだし。』


柏木と呼ばれた女性教諭は、

キーボードを叩きながらいらだたしげに答える。


『佐藤先生、少し手を動かしたらどうですか?』


PM:8:21

東棟北側・廊下カメラ


平野が用務員室に行く姿が映る。


PM:8:22

用務員室カメラ


壁には大量のモニターがあり、

男性用務員は平野のためにガラス窓から顔を出す。


『先生、なんか用事ですか。

 今日はみんな遅いから私も帰れなくてねえ。』


『いや、それが出られないんだよ。』


窓越しに、平野はドアが開かないことを説明する。


『ん?ストッパーは外していると思うけどね。

 じゃ、ちょっと見ていきますか。』


用務員は壁に掛けられた鍵をとると、

そのまま平野とともに部屋を出て行く。


PM:8:24

東棟北側・廊下カメラ


平野と話す用務員の姿が映る。


『…にしてもここの学校はハイテクだよね。

 夜に戸締りさえすれば、あとは警備会社の仕事だもん。

 前の赴任していたとこじゃあ見回りばっかりでねえ…』


PM:8:25

職員玄関カメラ


平野と用務員が玄関に近づく。

用務員は懐中電灯を近づけてドアの様子を探る。


『いや、ストッパーも外れているねえ。

 ドアの隙間に何かあるかもしれない。

 ちょっと下に棒でも…』


数秒ほど映像が乱れる。


映像が戻ると、

誰もいない職員玄関のドアが開いている。


PM:8:25

職員室カメラ


『よし、終わりっと。』


佐藤は立ち上がり、帰り支度を始める。


柏木は腕を組んでパソコン画面をにらみ、

佐藤は後ろに回りこんで画面を見る。


『あれ。柏木先生、まだ終わってないの?』


柏木は画面から目を離さない。


『読み込みが遅いんです。このパソコン旧式なんで。

 …っていうか、廊下の方なんか騒がしくないですか?

 佐藤先生、行ってみてきてくださいよ。』


PM:8:26

東棟北側・廊下カメラ


廊下を走る平野の姿がある。

手には懐中電灯、廊下の電灯が点滅している。


PM:8:27

職員室カメラ


画面が暗くなり、

佐藤、柏木の影だけが映る。


『あ、』


『停電?』


PM:8:27

東棟北側・廊下カメラ


平野の姿はなく、廊下の窓が開いていて、

懐中電灯が床に転がっている。


PM:8:28

職員室カメラ


暗い室内、柏木が懐中電灯をつける。


『佐藤先生、大丈夫ですか?』


柏木は佐藤に懐中電灯を向ける。

佐藤はまぶしそうに顔を背ける。


『うわ、まぶしい!柏木先生用意がいいねえ。』


柏木は電灯の向きを下に向ける。


『普通持っているものです。』


佐藤は首を振る。


『いや、持っていないし。暗くなったら家に帰るもんだよ。

 田舎だからね、もうこの時間にはみんな寝ているし。』


柏木は呆れた顔をする。


『どんだけ健康的な地域なんですか。

 …もう、とにかく用務員室に行きましょう。

 電気が切れたのは確かなんですから。』


『そうだね。』


PM:8:30

東棟北側・廊下カメラ


佐藤、柏木の二人が暗い廊下を歩く。

懐中電灯を持った柏木が先頭にいる。


『窓、開いていますね。』


柏木が手を伸ばすと、佐藤が横からぴしゃりと閉める。


『変だなあ、懐中電灯が下に落ちてるし。』


佐藤は拾った懐中電灯を点ける。

柏木は何かに気づいたかのように窓に懐中電灯を向ける。


『あ、佐藤先生。今子供の姿がありましたよ。

 中庭挟んで向こうの廊下、2人か3人くらい歩いてます。』


『え、ほんと?』


『あ、廊下を渡ってこっち来ていますよ。

 ほら、走ってきてます。こっちに来て…あれ?』


映像が一瞬乱れる。


廊下には柏木の履いていたシューズが一足だけ落ちている。


PM:8:36

用務員室カメラ


暗い室内、佐藤が頭を抱えてモニター画面を見つめている。


『なんだよ。あいつら何なんだよ。』


PM:8:36

職員室カメラ


職員室の窓を数人の子供が通り過ぎる。

走るというより滑るように移動している。


PM:8:37

用務員室カメラ


暗い室内、佐藤は身を縮めてスマートフォンをいじっている。


『繋がらない…ちくしょう。

 何で、何で学校の周りにいるんだよお。』


佐藤は壁にスマートフォンを投げつける。


一瞬、画面が乱れる。


椅子は倒れ、佐藤は身を縮こめている。


『くそ、何で忘れていたんだ、ばあちゃんが言っていたこと。

 40年前に…が、あって、…から誰も外に出なくなったって。

 何で忘れていたんだよ。何で、大事なことだったのに…』


再び映像が乱れる。


佐藤の前に子供がいる。

暗いために姿はよく見えない。


『おはよう』


声は子供のものか、

佐藤は怯えて壁に張り付いている。


『…そして、ご馳走をありがとう。』


少年の笑い声。

滑るように佐藤に進む。

その背後には何か黒い塊がうごめき…


画面は暗くなり、映像は途切れた。


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2019年4月現在、


男性教諭2名、女性教諭1名、用務員1名の

失踪事件は未だ進展なし。


ただし、この事件以来、

地域で週5〜10人の割合で行方不明者が出続ける。


警察では不用意な外出は自粛するよう呼びかけを行っているが、

以前、行方不明者は減る傾向にない。

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居残りさん 化野生姜 @kano-syouga

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