吾輩は猫になる前の人間(ヒト)である。名前は潤一

黒幕横丁

我輩は猫になる前に人間である。名前は潤一

「さて、お前には今から三分後に猫になる薬を飲ませた。じわじわと愛玩動物になるがいいー」

「はぁーーーーー?」

 静かな部屋に俺の叫びが木霊した。


 新薬の治験アルバイトという存在を知っているだろうか?

 都市伝説などでよく噂になる、薬を服用して寝転がっているだけでラクして儲けるという例のアレだ。一度はそんな仕事を検索したことは無いだろうか?

 俺もそんな楽をして稼ぎたいと思って、そんなバイトはないかと血眼になって探していた人間の一人だった。

 つい先日、ネットでバイト検索したときに、『新薬の開発研究補助。人気の業種です。楽して稼ごう!』という俺に持って来いな内容の求人広告が入っていた。その広告が目に入って数秒で申し込みに走ったのは言うまでもない。善は急げ……というか、金は急げってね。

 俺の働きで、新薬の出来が関わってくるから、善行には違いないなと言い聞かせながら申し込みを終えると、ものの数十分でメールにて採用の連絡が来た。早い。

 連絡によると、明後日下記の場所へ来て欲しいと添えられており、下にその住所が記入されてあった。俺はスマホにその日時と場所をスケジュールの中へと記入して、その日を待った。


 当日、指定された場所へ行くと、そこはどこからどう見ても廃病院のような感じだった。建物は古いし、人気もあるようには思えない。

 病院名が擦り切れて読めない玄関の入り口をゆっくりを押すと、ギィと音を立てて開いた。すると、中から、

「はい、治験のアルバイトで来られた潤一さんですよね? どうぞコチラへ」

 水色のジャンパーを着た女性スタッフらしい人がひょっこりと顔を覗かせて俺をその場所へと案内する。

「いやぁ、なかなか募集が集まらなかったんで困っていたときに、潤一さんから応募があって助かりましたよ」

「そうなんですか? 結構人気のバイトだと思ったんですが」

 スタッフさんは道案内の途中にそんな裏話を教えてくれた。てっきりすぐに定員になるものだと思ったら、俺が最初らしい。

「やっぱり、良く分からないものを口の中に入れるというのは抵抗があるのかもしれませんね。でも、潤一さんが応募してくれて良かったです、われ……の……も……ですし」

 スタッフさんはボソっと何かが喋るが、聞き取れなくて、もう一度俺は聞き返すと、

「いえ、こっちの話なんでお気になさらず。さぁ、着きましたよ」

 スタッフさんに案内されたのは、診察室のような部屋で、一台の簡易ベッドが置かれていた。そこには白衣姿の男性が一人。

「どうもこんにちは。今日、一日貴方の担当をします。ドクター・ポコと申します」

 名前の響きから風水師に居そうと突っ込みそうになったのは言うまでもないが、あえてそれを飲み込む。

「よろしくお願いします」

「あ、どうぞ、ベッドにかけてください」

 ドクターに言われるがままにベッドに腰掛けると、ドクターから紙コップに注がれた液体を渡される。

「道中お疲れでしょう。お茶でも飲んでリラックスしてください」

 そういわれたので、俺はお茶を受け取ってぐいっと飲み干した。中身は麦茶だった。

 すると、ドクターはニヤリと笑ったのだ。

「フフフ、飲みましたね?」

「え、え、」

 その豹変っぷりに俺は思わず唖然となる。

「実はその麦茶には開発中の新薬が入っていたのだー!」

「なっ、なんだってー!!!」

 きっとその時の俺の顔は劇画調になっていたに違いない。それくらい驚いていた。

「さて、お前には今から三分後に猫になる薬を飲ませた。じわじわと愛玩動物になるがいいー」

「はぁーーーーー?」

 そうして、冒頭に戻る。

「俺たちは悪の秘密結社でな、三分で人間を猫にさせる薬をばら撒いて、出荷して大儲けする魂胆なのだ。栄えある実験体第一号がお前だー!」

 ドクターは悪い顔をしながら、俺を指差す。

「カップメンを作る要領で人間を猫にさせるなっ!」

「フフフ、簡単・便利・早いがうちの組織のモットーだからな」

 牛丼かよ。と心の中で冷静に突っ込む。

「さて、どんどん、猫としての本性が現れて来るころじゃないかな。ホレホレ」

 ドクターは俺の目の前に猫じゃらしをチラつかせる。普段ならそんなモノ見向きもしないのに、心が急にソワソワして、猫じゃらしを目で追っている自分がした。

「な、なぜだ、凄く捕まえたい気分になる」

「そうだろうそうだろう。お前が猫になりつつある証拠だ。ホレ」

 ドクターが手鏡で俺の顔を映し出すと、そこには猫耳が生えていた。

「なんじゃこりゃー!」

「そろそろ、頃合だな」

 ドクターが懐の懐中時計を確認した瞬間、俺の体はどんどん縮んで一匹の黒猫になった。

『にゃー』

 人語も話せず、にゃーとしか鳴けない。

「よしよし、実験は成功だ。これでまた世界征服に一歩近づ……いってぇ!」

 俺はあまりの腹立たしさにドクターの顔を引っかい、ついでに猫パンチもお見舞いする。

「いてっ、こら、やめろ! だれか、この猫を取り押さえろ!」

 ドクターの指示でたくさんの人間が俺を捕まえようとするが、俺はムシャクシャしていたので、かかってくる人間は全員猫パンチや猫キックでノックダウンさせるまでひたすら攻撃したのだった。


 次の日、一匹の猫によって、悪の組織は壊滅してしまうこととなった。その後、その猫の行方は知れない。

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