通勤電車

たちばな立花

第1話

 どうしてこうも都会は人が多いのか。


 そんな疑問と毎日格闘する程には人が多い。なぜ人は都会に集まるのか。こんなに多いのに嫌気がささないのか。


 私はもうかれこれ七年、嫌気がさしている。


 東京の大学に進学して四年。Uターン就職に失敗し、都内の企業に就職して三年。職場の近くのマンションは家賃が高くて住めない。気付けば通勤一時間の距離に部屋を借りていた。


 都会の生活の中でも一番嫌いなのは、朝の通勤ラッシュだ。


 どうしてこんなに人がいるのか。田舎に少しでも移れば良いと思う。仕事があれば戻りたいくらいだ。みんな同じなのかな。


 毎朝早く起きて化粧をして、未だ慣れないヒールのあるパンプスを履く。勿論電車では席に座れない。大体始発のある駅の近くは家賃が高い。結局貧乏人は立って電車に揺られるしかないのだ。


 乗り換えは二回。


 その時点で足の裏が痛くなる。満員電車でヒールの靴を履くのも気を遣うし、不安定な所で立ち続けているから余計足に負荷がかかる。


 誰だよ。ヒールのあるパンプスを社会人の常識にした奴は。足の裏からストッキングが破れることだってあるのだ。


 朝からストッキングが破れると最悪だ。


 そんなつまらない毎日の中で、最近一つだけ楽しみがある。


 最後の乗り換え。定位置を死守する。座席の隣の角だ。ここ一ヶ月、殆どはそこを手にしている。それから三駅はただ揺られていればいい。


 この電車の中にいる人も見慣れた。大体春には入れ替わるのだが、一年は似たような面子で構成される。


 斜め向かいの彼は次の駅で降りる。隣のおじさんはいつも新聞を器用に読んでいるし、向うの女の子はいつもこの駅からファンデーションを塗り始める。


 そして、会社のある駅の一個前の駅。ビシッとスーツを着た男が私の前に立つと笑顔を見せた。


「よう、おはよう」

「おはようございます。先輩」


 ひと月前から偶然同じ電車に乗り合わせるようになった目の前の男は、会社の三つ上の先輩だ。何かと気の利くこのイケメンは、社内での人気も高い。いつも女の子が周りにいて、そうそう二人きりで話せるような相手ではないのだ。


「今日も会いましたね。もしかして、狙ってここ来てます?」

「ここが会社に一番近いからな」


 そうじゃない! そうじゃないけど、先輩が私のことをただの後輩にしか見ていないのは知ってのこと。


「今日は殆ど会議だからやる気でないなー」

「いや、私は結構緊張してます」

「今日プレゼンだっけ?」

「そうなんですよ〜。先輩代わって下さい〜」

「はいはい。ちゃんと見てるから頑張りなさい」


 先輩が私の頭をポンポンと撫でる。今日のプレゼンは何か上手くいく気がする。


 彼が乗る駅から会社のある駅までたった三分。この三分だけは、先輩を独占できる。


「先輩、プレゼン採用されたらお昼奢って下さい」

「ん〜考えておいてやるよ」

「あ、そういうこと言うとやる気でなーい」

「はいはい。分かった分かった。分かったから、頑張りなさい」


 もう一度、頭を撫でる。普段頭を軽率に撫でるような人ではないのに、この三分だけは特別だった。


 通勤電車は未だに好きにはなれない。


 しかし、最後の三分だけは別だ。

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通勤電車 たちばな立花 @tachi87rk

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