帰り道

かさごさか

たそかれとき

「最後の3分間はドラマチックにいこう」


誰が言ったか鶴の一声。文化祭で我がクラスは演劇をやることになり、その脚本担当は見るからに行き詰まっている様子だった。


「そもそもドラマチックって何ぞ」

「劇を見るように感動的、印象的であるさま、だってよ」

「劇を見るようにってか劇だし〜〜〜!」

そんな会話を帰り道に繰り返すこと3日目。ネット検索で出てきた結果を自分はすっかり覚えてしまったようで、スマホを開かなくても意味を言える。

そろそろ劇の脚本を完成させるよう無茶を言われているんだろう。脚本家の卵は夕暮れの空に吼えていた。

「お前はいいよな。小道具担当で」

「お陰様で楽してる〜…ってわけでもねーから」

「マジ?」

「こっちはこっちで苦労があんだよ」

自分たち以外のクラスメイトがいないのを良いことに、あーだこーだと既に決まったことに不平不満を吐き出す。

話し合いの場で明確な意見を言わなかったのが悪いだとか、顔がいい学級委員長からの依頼を断らなかったのが悪いだとか。自分達にも原因があるのは自覚しているが、普段は陰キャと小馬鹿にして有事の際には文化部だからとゴマをすって頼ってくる同級生に腹が立つのも事実であった。

途切れることがない愚痴を吐き出し合いながら特に用もないが、誰もいない公園に立ち寄る。だらだらと話しながら互いの家に帰る前に、最後にこの公園に立ち寄って、また中身のない話をする。これが自分達の帰り道である。


「たかがクラスの出し物だろ…」

滑っても演じた奴の責任だしオレ知らなーい、などと言いながら脚本家の卵はブランコを立ち漕ぎしている。

「ドラマチックかぁ…」

「小道具担当が悩むなよ」

「でも結末に合わせてこっちも作るからさぁ」

「あ、そっか」

自分のためでもあるが、傍で悩んでいる友人がいるなら力になりたいのが人間というもので、「例えばさぁ、」とスマホを取り出して何か案がないか検索しようかとロック画面を表示させた。時刻は17時47分だった。


ちなみにこの時間帯、この公園には自分たち以外誰もいない。主婦や学生、車が通ることがあっても誰かが公園内に入ってくることは少ない。だから、ホントに珍しいことで、“これ”は何だ?

脚本家の卵はブランコに座って地面を見て何か考え込んでいるようだからそれに気づくことはなくて、自分だけが“それ”を見ていた。公園の入口、垣根と垣根の間から見えるのはアスファルトと民家であるはずなのに、そうでなければならないはずなのに。


何で​───────


「…ぁ、なぁって!」

「エッ!?」

「さっきから呼んでんだけど」

「えっあ、ごめ」

そうだ、自分から切り出したんだ。劇の結末の案を探すために。スマホで検索しようとして。


検索を、しようとして、何を見た?


なぜか指先が酷く冷たかった。

何を見たのか思い出せないままロック画面を表示させる。時刻は17時50分だった。


ブランコで立ち漕ぎをしている脚本家の卵が口を開く

「なぁ、もう帰ろうぜ」

彼からその言葉を聞くのは初めてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帰り道 かさごさか @kasago210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説