KAC6 最後の三分間

神崎赤珊瑚

最後の三分間

「もう本当に時間ありませんからね。

 後三分、あと三分で無慈悲に全部持っていきますからね」

 姉さんの声色を見る限り、あんまり洒落になってない状況とおぼしきことはよく伝わってくる。

 最後の三分間。

 あと、どれだけのことが出来るだろうか。

 いや、おれもプロだ。

 それなりに見られるレベルまでは既に仕上げてはいる。

 しかし、画竜点睛というのだろうか。肝心の最後の一押しが足りてない気がしてならない。

 このまま出してしまうのは容易なことではあるが、このまま出すのは一応、これで食ってるものとしては、なあ。という思いは少なからずある。

「なあ姉さん。

 今言った三分、ってのはどういう三分なんでい?」

「は?

 は?

 まーた不毛な定義論争初めてハナシを混ぜっ返して時間を引き伸ばしたいの? 馬鹿なの? 昇天するの?」

「いや、そこまでのハナシでもないんだが。

 単にさ、時間の定義ってどうなんだろうな、と思っちまってな」

「国際度量衡総会で決議された通り原子時計で定義される一秒で、それを百八十倍で三分です。

 残念ながら全く揺らぎませんね。はい、残り二分」

 一刀両断だった。

「なるほど。そうね、ここにいる限りは確かにその定義で全く問題ない」

「判っていただけたのなら手を動かして」

「でもさ、主観時間ってのがあって。自分が感じてるこの時間も色々な状況によって感じ方が全く変わってくると聞いたが」

「相対論のハナシするの?

 確かに重力や速度で時間は遅れるよ。光速に近い速度で移動しているものと、地上にとどまったものと、たしかに前者の方が時間の流れは遅れるよ。

 で? だから何? 今回の件となんか関係あるの?」

「いや、関係ないな。すまなかった」

「さあ、残り一分。手動かして気になるところは直しておきなさいよ」

 さて。あとは残り一分、黙々と作業をせめてまですすめるか、数十秒のアディショナルタイムを求めてうだうだやるか。

 もちろん、おれは後者を狙う。

「でさ。

 おれが作業している、これはそもそもなんなんだ?」

「ん。どういう意味かな」

 お、姉さんの反応がちょっと違う。

「これ、金持ち向けのビオトープのデザインだと聞いてる。生物相は別の人間がやるから、とにかくデザインだけ先行、という。

 実際にいくつかこの仕事受けて何パターンか出したけれども、今回はちょっと違う感じがするんだよな」

「ふうん。なかなか鋭いね」

 感心したように姉さんは言う。

「むやみに細かい。仮想空間に展開するとしても規模がデカすぎる。付帯してる諸条件が換えが効かなさすぎる。締切が何故かきっちり。

 多分、どこか特定の場所、既に決まっている大きな仕事なんじゃねえか」

「良い読みではあるね。

 確かに今回のはスペシャルだよ」

 姉さんが、すこし得意げに言う。

「まあ、余分な情報は特に知りたくはないけどね。

 これで仕上がり。持っていってくれや」

 おれは、記録メディアを壁を背にして待っていた姉さんに投げて寄越す。

「偉い」

「ちなみに、思わせぶりな物言いだけで二十秒はロスタイム、いただきました」

「最低だ」

 姉さんが時計を見る。

「スペシャルの詳細聞きたい?」

「いらんいらん。姉さん通してる以上、クライアントには興味ない」

「おっけー。良い返事だ。

 君らみたいの何人も相手して、ストレス溜まってるんで、これ納めて時間あったら呑みに行きません?」

「いいスよ。店探しときます」

「じゃ、また夜にね。こっちから連絡する」

 姉さんは、部屋を出ていった。

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