「坊主、覚えときな」

しろもじ

第1話「それがフクロウってもんだろ」

「あなたの所属と名前を言って下さい」

「鳥綱フクロウ目フクロウ科フクロウ属フクロウ、名前はフータ。フーちゃんと呼んでいいぞ」

「フータさん。あなたはご自分が何をしたのか理解していますか?」

「フーちゃんと呼べと……まぁいい。何をしたか、だと? さぁ、何のことやら」

「あ、こら。首だけそっぽを向かないで下さいよ。ちゃんとこっちを見て。いいですか? あなたのやったことは立派な法律違反ですよ」

「もっと具体的に言ってもらわないと困るな。さっぱり分からん」

「いいでしょう、説明します。あなたのやったことは『フクロウ法』第二十八条二項『フクロウは人間に話しかけてはならない』、第七十三条一項『フクロウは人間に知性があると悟られてはならない』のふたつに違反しています」

「ふーん、そうかい」

「ふーん、じゃありませんよ。あなた自分が犯した罪について反省とか後悔とかしてないんですか?」

「反省? 後悔? なんでワシがそんなことをしなくちゃならない?」

「なんですって?」

「これを見るがいい」

「こ、これはっ! ……って、何ですか、このカード?」

「ちょっ、知らないのかよ。お前、取調官だろっ!?」

「はぁ、すみません。なにせまだ新人なもので」

「お前、いくつだ?」

「え、歳ですか? 今年でちょうど二十三歳になるんですが」

「ふん、着任したてのひこっ子ってわけか」

「ええ、実は取り調べも今回が始めてなんですよ」

「じゃぁ、教えといてやる。これはな、フクロウ的前世で徳を積んだ者だけがもらえる『徳々カード』だ!」

「えぇ!? あの伝説の……」

「そう。善行に善行を積み重ね、自分を殺し世の中のためだけに生きた者に与えられるもので、これを使うことで現世でのどんな悪行も免除になるのだ」

「そうなんだ、名前だけは聞いたことがあったんですけど、そんなものだとは知らなかったです。ペラッペラで安っぽそうに見えるけど、実はすごいんですね!」

「むっ、コラ! ペラペラするんじゃない。雑に扱うな。お前のようなひよっ子は、拝めるだけでもありがたく思わきゃいかんような代物だぞ」

「すみません、気をつけます。……あれ? でもこれ、なんか穴が開いてませんか?」

「あぁ、穴の側に数字が書いてあるだろう?」

「あ、本当ですね。ええっと……『0分』って書いていますね」

「うむ」

「それに、も少し右の方には『1分』とか『2分』『3分』ってありますよ」

「それが超法規的行動の活動限界の数字だ」

「なるほど」

「ワシほど徳を積み上げても、許される時間はやっと三分になる、というわけだな」

「へぇぇ。でもそれって、どのくらいの期間、徳を積んだんです?」

「まぁ、ざっと三千年くらいってところか」

「さ、三千年!?」

「あぁ、日本に稲作を定着させたのもワシだし、ソクラテスにプラトンを紹介したのもワシ。イエスのヤツに『宗教作った方がいいんじゃね?』と進言したのも、何を隠そうワシなのだ」

「なんか嘘くさいなぁ……。フクロウが人間の歴史に絡んでただなんて、そんなの学校で習いませんでしたよ? 僕がひよっ子フクロウだからって、馬鹿にしていません? それにそれ、その時点で法律違反しているじゃないですか」

「ん……ま、まぁ、それはあれだ……そう、どれも直接、鉤爪を下しているわけではないからな」

「あ、なるほど。歴史の陰にフータさんあり、というわけですね」

「フーちゃんと呼べ。まぁいい。そういうわけだから、ワシは何も悪いことはしておらんのだ」

「うーん、ちょっと上司に確認していいですか?」

「構わんよ。ついでに、ちょっと腹が減った。何か出前でも取ってくれ」

「はい。何がいいですか?」

「うーむ。カツ丼で頼む」

「カツ丼? フクロウなのに?」

「フクロウがカツ丼食べて何がおかしい。肉食だぞ、猛禽類だぞフクロウは」

「あ、いえいえ。分かりました。すみませーん、カツ丼ひとつ注文しておいて下さい」



「お待たせしました。あ、カツ丼平らげちゃったんですね」

「うむ。代金は後でいいか?」

「はい。帰りにでもお願いします。それでカードのことはOKだったんですが」

「何か問題でもあるのか?」

「いえ、そうではなくてですね。カード自体には問題はないのですけど、この『0分』のところに開いてる穴が……」

「あぁ、それか」

「上司が言うには『使い切っちゃってる』ってことなんですが」

「その通りだな」

「たった一回で三分間、使い切っちゃったんですか?」

「まぁ、そうなるな」

「三千年も頑張って、人間に話しかけただけでフータさんはよかったんですか?」

「……色々あるんだよ。特にあの小僧……何と言ったかな?」

「幸太さん、森本幸太さんですね」

「そうそう、幸太だ。あいつの祖母の早苗さんには、本当に世話になったのだ」

「はぁ」

「あれはワシがまだ子フクロウだったころ――」

「あの」

「何だ?」

「その話、長くなります?」

「まぁ、それなりには」

「ちょっと取り調べ押してるんで、できるだけ巻きでお願いしたいんですけど」

「……まぁいい。とにかく、早苗さんにはとても世話になった。彼女が亡くなった後は、幸太にもワシのエサの世話などで世話になっていたからな」

「でも、それで使い切っちゃうなんて……」

「……坊主、覚えときな。フクロウにはな、やらなきゃいけないときっていうのがあるんだよ。狩りの仕方は忘れても、受けた恩は忘れない。それがフクロウってもんだろ」

「フータさん……」

「それが答えだ。それ以上でもそれ以下でもない。世話になった礼をするのに、三千年の苦労なんて大したことはないのさ」

「フータさん、すごいです! フクロウの鏡、いや、フータさんはフクロウの中のフクロウ。フクロウ・オブ・フクロウズです!」

「なんかよく分からんが……褒められているのか?」

「もちろんですよ! 僕、こんなに感動したのは初めてです」

「そうかい。そりゃよかったな。ところで、もう行っていいのか? 押してんだろ? 取り調べ」

「あ、はい……残念だなぁ。もっとフータさんの話、聞きたかったんですけど」

「生きてりゃ、転生してもまた会えるさ。今度会ったときには、ゆっくり酒でも飲みながら語り合おうぜ」

「はい! 僕もフータさんのようになれるようにがんばります」

「あぁ、お前ならきっと立派なフクロウになれるさ。じゃぁな、坊主」

「はい! ……あぁ、行っちゃった……。はぁ、すごいフクロウだったなぁ。僕も頑張って、いつかフータさんと並び立つような立派なフクロウになりたいなぁ……って、感傷に浸っている場合じゃないや。次の取り調べの準備もしなくちゃ。あぁ、どんぶりも片付けないと……って、あれ? 僕、フータさんにカツ丼代もらったっけ? ちょ、ちょっとフータさん? カツ丼代金七百円、もらってないですよ!? フータさーん!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「坊主、覚えときな」 しろもじ @shiromoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ