Brain Fog

東雲 彼方

青に捨てられた

 最後の卒業式は生憎の天気。どんよりとした曇り空。空も今にも泣き出しそうな雰囲気で。なんだか気分が晴れないな、なんて考えているうちに式は終わった。最後のホームルーム、最後の三分間。

 別にこれが人生の終わりという訳ではないけれど、なんだかなぁ、って。俺の中で一生のうちで『青春』と形容出来る時期というのは高校の三年間だけで、卒業してしまえばもうそれは終わり。進学するなり就職するなり進む方向は違えど、青春は終わる。若いけどもう若くない、みたいな。より成人が近づいたり選挙権が与えられたりで背負わなければならない責任が増えるから? 分からないけど、無償で与えられる自由だとか、そこから生まれる尋常じゃないエネルギーとかそういう恩恵を無条件に受け取れるのはここまでじゃないかと思うのだ。

 でも、俺は何か『青春』らしいことを出来たのだろうか。感じられたのだろうか。分からない。そもそも青春ってなんだろうか。それもよく分からない。多分今日それを手放して始めて分かるんだろう。それじゃ遅いけど。形容し難いモヤモヤとした感情を窓の外の曇天にぶつける。

 おかげさまで担任の話が全く頭に入ってこない。感動するような何かを語ってる訳でも泣きながら思い出を振り返ってる訳でもなく、庶務連絡ばかりだと思うから大丈夫だが。その庶務連絡も昨日休んでいた人向けでこれを聞くのも二回目。そしてそれをマトモに聞いてる人なんてこのクラスにはいない。最後まで流石、このクラスの結束力の無さは恐ろしい。ぎゃあぎゃあと喧しい様を見ていると、動物園の檻の中にでも放り込まれたような心地だ。

 そのままなんとなく大学とかに提出する予定の卒業証明書だとか高校最後の通知表だとかを貰って、そのまま流れるように解散した。打ち上げもあるみたいだけどなんか気乗りしなくて、幹事が配った紙には参加しないの方に丸をつけた。別にコミュ障でもないし、行ったら行ったで殆どの人とは普通に当たり障りない会話くらいはするが。だから何人かにはお前行かないのかよーとか言われたものだ。いや、知ったこっちゃないけど。


 一人の帰り道。足は鉛と化したようで上手く動いてはくれない。泣きそうな空に同調してなんとなくセンチな感情だけを抱いている。こんな図体のデカい男がヘラってるのはあんまり好きじゃないんだけど、こういう日くらいは仕方ない。それが許されるのは美少女くらいだぞ。いや、メンヘラは美少女でもキツイか。それなりに顔の整った幼馴染でも耐えられなかったから。伝染ったのかもしれない。嗚呼嫌だ。虫唾が走る。

 そんな思考に縛られながら進める歩は重く、俺は独りで灰に踊らされている。雲翳に嗤われて酷く滑稽だ。頭の中で絶えることなく紡がれるのは後に黒歴史となり得る文字の羅列。それでも今は縋らずにいられないくらい、自分を支えていた何かが脆く崩れ落ちそうで不安定なのだ。


 結局、俺が求めていた『青春』ってなんだったんだろうか。容貌かたちの無いもの、届かないもの、憧れるもの。ソワソワとして美少女を待ったあの春や、制服のまま海に飛び込んだあの夏や、文化祭のゲリラライブに沸いたあの秋も、体育館裏に呼ばれるなんてこともなく義理チョコしか貰えなかったあの冬も、ただの思い出であって青春なんかじゃない。届いてしまうのなら、それは俺が求めていたもんじゃない。




 なんて、思っていたのはその日だけだった。『青春』なんてのは手放してから惜しくなるんだ。

 あの最後の三分間でさえも青春だった。青く輝かしく、そしてあたたかい。もうそれには二度と触れることはない。

 俺たちが焦がれたあの「青」はもう遠く何処にも無い。手を伸ばしても届かなかった碧落の藍。あの夏は哀となって自分たちの心に深く沈み、愛しい想いも感傷も全て空に溶けて消えたのだろう。

 青かった春、手を伸ばせどもう届くことなど無い。近くにあった時は煩わしいとさえ思っていたモノ。けどそれはその時にしか手に入らなかったモノ。離れた今となっては名残惜しい。

 誰かの心に触れたくて己を見失った三年間。そこから得られたモノは果たして何かあったのだろうか。

『分からない』

 でもそれでいい。多分分かってしまった時にはきっともう必要ないから。

 もうあれ程の衝動はいらない。逃げることなんて出来ない宿命に向かって、

 ただひたすらに走り進み続けるのみなのである。




 こう書きなぐったルーズリーフも、五年も経てば黒歴史となってゴミ箱の中なんだろう。それでもいい。結局今でも『青春』ってのがなんだったのか分からない。そんなもんなんて無かったのかもしれない。むしろ誰かにそう言ってもらったほうがこのよく分からない感情とも決別出来るのだろう。けどそれを敢えてしないのは未来の自分の為。不必要なことなんて無いと思ってるからこうして悩む時間も多分必要。それが糧となるならば悩めばいいやと思ってる。幸い一人の時間はまだ沢山ある。いや、沢山ってほどでもないか。少なくとも入学までの時間は悩む時間に使えるだろう。親や友達なんかに無駄な時間と誹られようとやめるつもりはない。やりたい時にやりたいことをやるのも大切なのだ。

 ダンボールまみれのワンルームでインスタントの珈琲を啜りながら、シャーペン片手に今日も今日とて駄文を綴る。これが救いとなるのか、はたまた足枷となるのかは分からないけれども。ただ淡々とペンを持って紙の上を滑らしてゆく。呆然と過ごしてしまった最後の三分間に戻りたい、などと考えながら。


 青かった春に捨てられた俺は、一人鼠色の空に飛び込んだ。

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