言葉がとどく 後編
「え、ええ。ひょっとして、あなたがアイナさん?」
「あ、はい!」
上ずった声に少女は、看護師を見上げ返事をした。
「アキちゃんに会いに来てくれたの? 写真の姿と全然ちがう印象にみえたから」
アイナが、返信の手紙で代筆をした女性の名前を思い起こしているようだった。
「もしかして、代筆をした看護師さん、ですか?」
「ええ、そうなの。よく来てくれたわ! ありがとう。手紙にわがままなことを書いてごめんなさいね!」
アイナは手で大げさにかぶりを振る。
「いいえ、案外近くだったので……。それで、アキちゃん、具合の方は……?」
看護師は、急に暗い顔になりうつむいた。
「そんなに、深刻なんですか?」
「とても、いい、とはいえないわ! 近々、長時間の手術を控えているのだけど、あの子の体力がもつか心配なの」
「そんなにも……」
でも……、と看護師は明るい声で、
「アイナさんの顔を見たらきっと元気になるわ!」
表情が笑顔に戻る。
個別に設けられた病室に、中が見透かせるガラス張りで覆われた壁と敷居で囲まれている小さい部屋に、ベッドと医療機器が置かれている。彼女は医療機器に支えられ横たわっていた。
扉の傍には入る際の注意書きがある。
「アイナさん、消毒液で手を消毒して入ってください。それとなるべく帽子とマスクは脱がないようにお願いします」
治療室独特の匂いなのか、アルコール特有の匂いがアイナの鼻を刺激する。
アキが僅かながらに扉が開く音に気づいたようだった。
看護師はアキに声をかけた。
「アキちゃん、嬉しいニュースよ! アイナさんがアキちゃんを、訪ねて来てくださったのよ!」
アキが眼をアイナに合わせる。
「アキちゃん!」
アイナは彼女に呼びかけた。
「アキちゃん!」
「アイ、ナさん?」
アイナは両手で彼女の
「アイ、ナ……さん」
かほそい声でアキは応えた。一瞬、
「アキちゃん、
アキの眼に大粒の涙がたまっていくのが分かった
「うん、ありが……とう」
「元気になったら、私のところに遊びに来て! 絶対、ぜったいだよ! 約束だからね!」
アキの小指をとり、アイナも小指をお互いに指をあわせる。
「アイナ、さん、待っててね。ぜったい、元気に、なったら! ぜったい行くから!」
アイナの励ましでアキは生きる希望を見出したようだった。
看護師も姉妹のようなふたりのやりとりに涙を浮かべていた。
手術当日。看護師は手術前のミーティングの時、思い切って主治医に質問した。
主治医の話では、
女看護師にとって、アキの主治医の言葉に希望を持てる瞬間だった。入院していた頃の環境とアキの環境を重ね合わせていた。
手術の準備が出来たようだ。アキが寝ながらベッドで手術室へと運び込まれる。
あっという間に時間が流れた。看護師は、他の仕事をしながらも、アキの手術の成功を遠くから祈り見守っていた。
長時間の手術をおえ、アキが治療室に戻ってくる。
両親とともに女看護師も主治医の言葉を待ちのぞんだ。
「手術は成功しました。術後の経過によってはクスハラさんは、学校に通えるほどに快復するでしょう」
両親の喜びの笑顔を主治医は横目で見つつ、女看護師の肩にそっと手を乗せる。
「アキちゃんの元気の源のサポートをしたのは、君のおかげでもあるな」
「そんなこと……」
「あんなに衰弱した身体だったから、一時はどうなることかと危ぶまれたが、長丁場の手術をあの子は、生き続けようという強い意志で乗り切ったようだ!」
「いいえ、私だけの力じゃなく、あの子が導いてきた女の子の存在が大きいと私は感じます」
「そうかもしれんな」
主治医はそう頷き返した。
手術から半年がすぎた。一般病棟から退院まで日を追うごとにアキの容態は、見違えるように元気になっていく。
退院から一ヵ月後、アキを世話した看護師のもとに彼女からの手紙がとどく。手紙にはこれからアイナの暮らす街へ出かけてくるという文章からはじまり、代筆の時のお礼やアイナを呼んでくれたことへの感謝が、便箋に何枚にもわたって書き綴られていた。
女看護師は、空に舞っていく風船を見上げ思い起こした。
アキは退院以来、アイナと手紙のやりとりで文通の友になった。次の休みの日、アイナへ逢いに行くという返事を書いた。
駅を降りたアキは、遠くに手を振る女の子をみつける。近づくにつれ、それがアイナだと視認できた。
アキも手を振る彼女に、大きく両手で振りかえした。
「アイナ!」
アキは満面の笑みで言った。
「また、会えたね! 遊びにきたよ」
空高く、風船が飛んでいた。
完
また、会えたね 芝樹 享 @sibaki2017
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