夜の電車
達見ゆう
行先は……
乗り間違いに気づいたのは止まった駅の名前が見慣れないものであったためだ。
『泉之川』
聞いたことがない駅名だ。もしかしたら、かなり奥地まできたのかもしれないと一瞬思ったが、さっき
とにかく、降りなくてはならないが、ドアが全て閉じていることに気が付いた。ローカル線だと暖房を逃がさないために全て閉まっていて手動で開けることがある。この電車もその類だろうと最初は思った。
しかし、どのドアも開かない。ドアの故障なのか?
開くドアを探しながら車両を移動していきながら私は焦った。この電車に閉じ込められたのだろうか。
何かがおかしい。第一、この車内には自分しかいない。ホームには何人か人はいるが、乗る気配がない。いや、ホームは薄暗い上に皆、帽子を目深に被って顔が判然としない。
先頭車両に着いたがここにも乗客は誰もいない。運転士すらいない。
もしかしたら、回送列車に取り残されていたのかもしれないと危機感を覚えた私は、非常用コックを引き、強引にドアを開けて車外へ出る。後で怒られるかもしれないが、閉じ込められるところだったと逆に抗議してやる。
とりあえず、ホームに降り立ち、辺りを見渡す。やはり薄暗く、人々は俯いたまま誰も一言も発しない。
見慣れない駅、異様な雰囲気のホーム。とりあえず反対側のホームへ行って電車に乗りなおして元の
急いで移動しないと。さもなければこの薄気味悪い駅で一晩、いや、駅から追い出されるだろうから見知らぬ土地で始発を待つ羽目になる。
私は階段を昇り、通路を通ろうとしたその時、異様な光景を目にした。
沢山の乗客が通路を行き来している。しかし、皆一様に帽子を目深に被って俯きながら黙々と移動している。何よりもこれだけの大人数なのに足音がしていない。生きている音の気配がなかった。何人か駆けあがってきた私に驚いたのか顔をあげてきたが、とっさに目を逸らした。何故だかわからないが、目を合わせてはだめだ。
私は直感した。ここは少なくとも私の知っている世界ではない。早くここから去らないとならない。そのためにもあの最終電車に乗って元の駅へ戻らないと。黄川駅の周辺でネカフェなりファミレスなりで始発を待つことになるが、この異界の駅にいるよりははるかにましだ。
「通して、通してください」
人をかきわけながらホームへ向かう。早く、早く行かないと電車が行ってしまう。それなのに、人が多すぎてなかなか進まない。
「お願い、通して」
ようやく、反対側のホームへ着くがドアが目の前で閉まるところだったのを強引に滑り込み、身体をねじりこませる。ここで乗らないと生還できない。私だって必死だ。
ドアが一瞬開き、どうにか身体が車内に入る。
よかった、あの異界の駅から脱出できたのだ。ふと、車内の電光掲示板を見ると『次は比良坂』とある。聞いたことない駅名だ。また間違えてしまったのだろうか。
検札に来た駅員さんを呼び止め、慌てて私は尋ねた。
「あ、あの、これはどこへ行くのですか?!」
「お客さん、今までの駅名から気づかなかったのですか? 黄三途、泉之川、比良坂。これらの地名から三途の川を除いたところが終点ですよ。つまりは……」
「黄泉比良坂……」
私は愕然としてその場に座り込んでしまった。
夜の電車 達見ゆう @tatsumi-12
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