人類滅亡まで

饗庭淵

あと三分です

「人類滅亡まで、あと三分です」


 街中にアナウンスが鳴り響く。

 といっても、俺に聞こえているのが街中に響いているというだけで、実際には同様のアナウンスは世界中で流れているに違いない。

 なんたって、人類滅亡のアナウンスだ。


 アナウンス自体は三年ほど前から始まった。

 それが「真」であるという説得力も添えて。デモンストレーションとして世界中の主要都市が破壊されたりしたし、世界中の軍隊が結集して抵抗したが軽く鎮圧されたりもした。

 というわけで、彼らには人類を滅亡させるだけの力があり、人類にはそれに抵抗する力はない。そのあたりは疑いようもなく確定した。


 望みがあるとすれば、すべては悪ふざけの虚言がオチで「ただ脅していただけでした」とか、気まぐれで「やっぱやめた」と踵を返していくことくらいだが、無機質に響く感情のないアナウンスを何年も聞いていればそんな期待も消し飛んでいく。実際、すでに人類の大部分は滅ぼされてる。

 カウントダウンが迫るにつれ、彼らが直接手を下す以外でも大勢死んだ。暴動に略奪、司法も医療もめちゃくちゃだし、自殺者も大流行で相次いだ。

 てんやわんやで大混乱、インフラもボロボロに崩壊して、ゾンビ映画でも観てる気分だ。特に自殺者はよくわからん。死ぬのに絶望して死ぬってどういうことだ?

 と、「どうせ死ぬ」というならこうでなくても同じことだな。「死に方くらいは自分で選ぶ」という意味で、それはそれで一つの抵抗の形なのかもしれなかった。ただ、俺はそれを選ばなかっただけだ。


 俺だってやりたいことはいろいろあった。

 旅行だってしたかったし、試したい料理もあった。燻製器だって手に入ったばかりだ。書きかけの著作もHDDの底に眠ってる。文明が崩壊した今となってはどれもこれも意味がない。会心の自信作になるはずだったのに、こんな切羽詰まって誰が読むんだ。ちくしょう。

「世界が滅ぶ寸前くらいは好きなことして過ごしたい」と、誰も彼もが思っただろう。が、世界が滅ぶとなっては「好きなこと」も大幅に制限されるのが実情だ。家族や恋人でもいりゃ話は変わってたのかもな。けっ。


 やりたいことは軒並みぜんぶ吹っ飛んだ。ただ、やることはある。


 連中はだいたい高度400kmの低軌道で屯ってる。ISSなんか点にしか見えねえのに、奴さん空を覆い尽くすような信じられねえほど巨大な円盤だ。

 要は、第一宇宙速度よりちょっと強めに加速すりゃ到達できる。

 そのうえ片道切符で十分。おかげで細かい計算は大幅に省略だ。

 と、簡単には言うが、これがまったく簡単ではなくてだな。


 もとより素人の集まりだ。自動車整備やコンピューターの技術者も名乗りを上げたが、宇宙関係の専門家などいるわけもない。趣味にしてたやつはいくらでもいたが。空軍関係者もいるにはいるが、退役済みの爺さんだ。

 書店に図書館、ネットにと、文献資料を掻き集めて研究会を開いたり、廃墟同然のホームセンターを漁って資材を掻き集めては実験したり。映画ですらが俺らにとっては立派な参考資料だ。NASAの廃墟に忍びこむって発想が出るのはちょっと遅かったな。

 よくもまあ、やったと思う。

 なにせすでにその手の専門機関が似たようなことはしてるんだ。それで無意味だったと証明されてる。なのに、なぜ今さら俺らが一から努力して後追いをするんだ? そもそもたった数年でなにができる?

 そんなくだらない言い争いで、最初の一年くらいは潰れた気がする。


 観てる途中だったドラマだってもう二度と続きは制作されねえ。映画にしてもゲームにしても身が入らねえ。落ち着いて読書なんてしてられるか。やるべきことは無限にあった。テスト前に追い込まれた学生の気分だ。

 諦めちまえば楽になれる――って、学生のときも同じことを思ったな。ただ、そうやって寝転ぶたびに目に映っちまう。だからどうしようもねえんだ。

 いやしかし、それでもやはり、あれはよかった。

 いつだったか、「滅びゆく世界でも灯火を」とかなんとか、旅の劇団がそれなりに出来のいい演劇を見せてくれた。なんかわけもわからずボロボロ泣いて、胸の奥にもじんと来た。「こんなのは現実逃避に過ぎない」なんて思いもしたが、震えちまったもんはしょうがねえ。

 彼らは最後の最後まで己の職業に誇りを持って、そして殉じていくのだろう。俺はそれを心底うらやましいと思った。「やりたいこと」を放り出して「やるべきこと」に逃げたのは俺の方なんじゃないかとも思いもした。

 ただ、この世界がまだ滅ぶべきじゃないってのは確からしい。それに、俺にはあれが邪魔で邪魔で仕方ない。


 なにせ、見えてるんだ。

 人類を滅ぼそうっていう元凶が。

 もし世界が滅びるとしたらなにがしたい――って、そもそもまだ滅びたくねえんだよ。

 だったら、やることは一つだ。


「人類滅亡まで、あと一分です」


 うるせえ。今行く。

 ギリギリだが間に合ったんだ。一分もありゃ着くからよ。

 自家製ロケットが火を噴いて、空気の壁を破る。ガタガタ揺れて加速度が肺を潰す。

 いい感じだ。

 

 行ってどうなるって? 要は手の込んだ自殺だって?

 そもそも辿り着けるかどうかが賭けなんだよ。

 おっと。とかいってたら青空を突き抜けて成層圏だ。黒い空が見えてきた。馬鹿デカい連中の円盤も目の前だ。といっても、距離感もなにもわかりゃしねえ。これまで人類が築いてきたどんな建築物よりも、きっとデカいに違いない。

 デカいだけで威張り散らしやがって。


「人類滅亡まで、あと――」


 ほら。ノックするから、扉を開けな。

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人類滅亡まで 饗庭淵 @aebafuti

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