生徒会長、最後の三分間

柳なつき

文化祭のラストステージの舞台袖にて

 千鳥ちどり高校学園祭。

 収穫豊かな秋の季節、三日三晩にわたって続いた文化祭も、いよいよ、フィナーレだ。



 日が暮れた。

 そのぶん、校庭に設置したステージは明るく見える。



 僕たち生徒会は舞台の袖で待機している。

 生徒会。――小説や漫画なんかを読んでいるとやたらと悪目立ちする組織だけれど、実際には、こうやって裏方に回る仕事がほとんどなのだ。あくまでも、生徒主体。……生徒のために生徒会がある。


 それを教えてくれたのは、いまも隣にいる三年生の生徒会長だった。――先輩は、この文化祭をもってして、正式に生徒会長を引退する。

 ……それは、最後の閉会式でのスピーチで、はじめて正式に全校生徒に知らされるのだ。そして、それを言う役目は――現副会長の、僕である。


 これは千鳥学園の伝統でもある。開会の言葉は生徒会長が言う。そして、現在の生徒会長に任命された次期生徒会長が、閉会の言葉を言うというていで、文化祭の最後に舞台に立つのである。




 ……ほかの生徒会メンバーは、モニターを見たり、奥の階段のところで控えている。

 僕と生徒会長だけが、舞台袖ぎりぎりで待機しているのだ。――このあと、最後に、出番があるから。



 僕は左腕につけたアナログの電波式腕時計を見て、そのあと進行表を見る。

 ……最後の、千鳥学園オールメンバーによるステージパフォーマンスも、ほんとうにクライマックスだ。

 あと一分間。

 そして、あとの一分間で、ステージ登場メンバー撤収。


 最後の最後の一分間に、閉会の言葉を述べる――ここまではずっと腕時計と進行管理ばかりでいちども表に立たなかった生徒会副会長の僕は、そこではじめて今回の学園祭において表舞台に立つことになる。僕にとっては最初、でも生徒たちのなかでは一番最後、そんな順番の、……学園祭で浴びるスポットライトの時間。



「あと三分」


 時間管理の役目も負っている僕は、残り時間を宣言した。


「じゃあ、私が生徒会長なの、あとそれだけだ」


 僕は思い切り眉をしかめた。

 そしてひとつ深呼吸をすると、せめて不機嫌にでも見えるように、全力で生徒会長を睨んだ。


「……どうして、今更そんなことを? まあ、厳密には、そうと言えなくもないんでしょうけど」

「えー、だってさー、やっぱり、もう最後だなって思って。生徒会長、最後の三分間!」


 からから、と生徒会長は笑った。……相変わらず、いつでもどこでも、能天気に明るいひとで。



 ステージも観客も興奮極まれりだ。


 吹奏楽部と軽音楽部による夢のコラボの演奏で、ダンス部とチアリーディング部が踊り狂う。

 演劇部一流の照明の技術が、彼らの活躍を余すところなく演出する。


 唐突にバスケットボールが跳ねた。僕はちらりと手にした進行表を見る。バスケ部の登場の予定はない、つまり雄たけびをあげながら大層楽しそうにステージ上でボールを操る彼は、いわば乱入者なわけだけど――



 僕は生徒会長に指示を仰ぐ。……副会長として、いままで、ずっとそうしてきたように。



「……どうします? 生徒会長」

「そんなこと言って、呉葉くれはくんだって、止める気なんかさらさらないくせに」

「えっ、どうしてわかるんですか?」

「表情を見ればねえ、それくらい……」


 苦笑する生徒会長。

 僕は頬を抑えてみた。――表情? まったく、いつも通りに、無表情でいる……つもりなんだけど。



 ステージにはサッカーボールも跳ねた。サッカー部まで乱入してきたのだ。

 そういえば、バスケ部の部長の彼と、サッカー部の部長の彼は、小学校からの幼馴染なんだっけ――。



「賑やか」



 また、苦笑している。そうだ。そうなんだ。このひとは、――いつだってこうやって横顔で苦笑している。

 ……でも、今日はそこに、ステージの光が、きらきらときらめいて……。



 ――生徒会長とつくりあげた文化祭も、これで最後、か。



 ……腕時計を、見る。

 あと、二分。

 吹奏楽部と軽音部の演奏は、アドリブを入れながら――でもたしかにリハーサル通り、あときっちり一分間もすれば、鳴りやんでくれる。



「……ねえ、呉葉くん、いまでこそあのバスケ部の子とサッカー部の子、いまはあんなに楽しそうにステージに立ってるけど、最初はねえ、大変だったねえ。そもそも文化祭に参加ってレベルで」

「ええ、そうですね、交渉が難航して……どうして運動部が文化部の軟弱な祭に参加しなきゃいけないんだだの、自分たちは見世物じゃないだの」

「『不良ってみんなああなんですか』って、呉葉くんむっつりしてたものねえ」

「やめてください、その話は……僕もあのときは視野が狭かったんです」

「ふふ、まだ半年前くらいの話なのに……」

「半年ってでかくないですか……」

「そうだよね、そういえばだけど呉葉くん少し背ぇ伸びた?」


 生徒会長は、ひょいと背伸びして僕の頭に手をかざした。


「……もともと、このくらい、ですよっ」


 じつは、入学時点からはなんだかんだでもう三センチ以上、背は伸びてくれたんだけど――。



 腕時計。あと。……三十秒。



「……吹奏楽部と軽音部も、最初はいっしょに演奏なんかしたくないって言うので、まいりました」

「どっちの部長も女の子だもんねえ。しかもタイプぜんぜん違う。呉葉くん、女の子には慣れてないんだなあってあのときほんと思った」

「そ、そういうのは関係ないじゃないですか……!」

「――でも結果的に話をまとめあげたのは私じゃなくて呉葉くんだったよねえ。頼りになるんだ、って思った。……年下の後輩の男の子でも」


 生徒会長は、ちょっとうつむいた。

 腕時計、あと、――十五秒で演奏は終わる。

 舞台パフォーマンスも終わって、僕が……閉会の言葉を。



 ……きっかり五秒の、沈黙。

 演奏が終わり、学園は拍手に満たされた。……うん、これなら、大成功……だろう。


「あと五秒」

「じゃあ、私が生徒会長なの、あとそれだけだ」



 書記の一年生の女の子が、ハキハキした声と落ち着いたトーンでアナウンスを担当してくれる。


『千鳥学園のみなさん、ありがとうございました。名残惜しいですが、文化祭はここまでとなります』


 ……リハーサル通りに。


『それでは、最後に、生徒会役員からの挨拶があります。五手ごて呉葉副会長、よろしくお願いします』




 五秒。

 一歩、踏み出した。


「――ねえ、私が生徒会長でなくなっても、」


 立ち止まった。

 生徒会長は、光を浴びて必死な顔をして、

 僕を、僕だけを、――いままで見たことのない泣きそうな顔で見つめていた。


「きみよりも、私が先に卒業して、大学生になっても、……いつか、もしかしたらつまんないおとなになっちゃっても、呉葉くんは、今日のこと、ずっとだいじにしてくれる?」

「ええ。もちろん」



 僕は、先輩に笑いかけた。……気持ちいいほどこんなに素直に、感情と顔面がリンクすることがあるだなんて。



「もちろんです。……燈子とうこ先輩」




 ――残り、ゼロ秒。

 厳密にはもう、

 燈子先輩は生徒会長ではなく、僕が、……その名前をもらったんだ。すくなくとも、あと一年間は――。




 そして僕は、舞台に立っていた。

 全校生徒の顔が僕を見上げている。




「みなさん、文化祭、お疲れさまです。大盛況で、千鳥学園のいち生徒として、僕もとても嬉しいです」




 拍手が、歓声が、沸き起こる。

 多くのひとたちが、好意的で。

 ……先輩がこの学園に築いてきた、たくさんのもの。



 僕は明るくないし、笑うのが下手だし、

 生徒会長だなんて大変な仕事を、うまくできるかは、わからない。




 でも。

 先輩が卒業しても、先輩に胸を張れるように。

 ……願わくは、先輩が大学生になってからも、たまには会って、僕はうまく生徒会をやっていると――堂々と、言えるように。



「このたび、前生徒会長から、生徒会長に任命されました――二年五組、五手呉葉と申します……」




 今日のことは、ずっと、だいじにする。……あのひとにとってこの学園の生徒会長だったことが、すこしでも愛しい想い出として、影響のある想い出としてたしかにあのひとの心の奥深いところに刻まれてほしい、そして、僕は、――その最後の時間を、いちばんとなりで、唯一そばにいて、過ごせた。




『あと三分』

『じゃあ、私が生徒会長なの、あとそれだけだ』



 ――それまでは、生徒会長である残り時間のことなんて、いちども言及しなかったくせに。

 最後の三分とかになって、……やっとそんなこと言い出すなんて、



 ずるい。ひどい。どうして。

 そんなこと――まったく気にしていないんだと、僕は勝手に思っていたのに。

 僕のほうばっかり、……先輩のことに、終着しているんだと。




 だから。

 僕は。



 全校生徒を前にスピーチをしているのに、いますぐ目をつむりたくなる。――いますぐ先輩の顔と声となにもかも、それだけで、視界も心も満たしてしまいたくなる、それでも、僕は、……恥じないように、スピーチを続けた、僕は、これから、――あなたの歩んだ道を、ゆく。

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生徒会長、最後の三分間 柳なつき @natsuki0710

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