人類最後の三分間

影山洋士

第1話



「人類の時間は後、残り三分間になりました」




 その「声」が全ての人類に聞こえてきたのは一ヶ月前のことだった。

「声」は直接脳に響いて聞こえてきた。それはそれぞれの国の人間が理解できる言語でこう言った。


「人類に残された時間は後一ヶ月です」


 合成音声的な温かみのない声だった。

その「声」だけなら、皆自分の思い過ごしだ、と決めつけることもできただろう。しかしその「声」が聞こえてからすぐに、世界中のあらゆる兵器、銃器が消え去った。軍事基地や銃器工場はただのガランとした倉庫になっていた。銃の撃ち合いをしていた戦地では突然お互い素手になった。飛んでいた戦闘機は攻撃機能が突然消えて使えなくなった。

 直接的に関連性が示されたわけではないが、全ての人類にメッセージを伝える力、兵器、銃器を消してしまう力、その超常現象に関連がないと思わすのは難しかった。

 それらの力はその「声」の主が人間より高次な存在であることを示す何よりの証拠だった。

 もう残り一ヶ月なんだから人間同士馬鹿な争いなんか止めろということなのか。しかしその意図を示してくることはなかった。




「本当に最後が来ちゃったな」佐渡アタルは呟いた。


「ほんとだったね」渡部イクミが返す。

「やっぱり神様が怒っちゃったのかな」


「俺は宇宙生物だと思うよ。でもまあ分からないよね。明らかに今の人間より進んでいる存在だもん。動物が人間のことを理解できないのと同じだし」


 声の主体が一体「何」であるのか? それがこの一ヶ月の世界中の話題だった。神が現れたとする説。宇宙から知的生命体がやってきたとする説。未来の人間がメッセージだけを送ってきた説。様々な説が出てきた。しかしこれだという結論が出ることはなかった。



「今日は何をした?」イクミは尋ねる。


「取り敢えず、好きなカレーを食って、後はダラダラだな」アタルが好きなカレー屋は今日も休まず営業していた。こんな日だからこそ営業していたのか。或いは変わらない日常を過ごすことで現実逃避していたのか、それは分からない。


「まあそんなもんよね。最後の日って。私も似たようなもん。色々と考えてたんだけど。結局私はパフェを食べた」イクミは力なく微笑む。

「そもそも残された時間が終わるというのはどういうことなんだろ?」


「そうだな、突然隕石が落ちてくるとか? それともみんな急に死んでしまうのか。兵器を消したような力で」アタルは空を見上げた。時間は夕暮れだ。




「残り一分になりました」声は脳内に伝えてきた。


 アタルは自然とイクミの手を握った。イクミもぎゅっと握り返す。最後だからと犯罪に手を染める人間もいたが、大半の人類は静かにその時を迎えようとしていた。二人が立っているこの丘の上の公園も静かだ。

 夕日が沈もうとしている。煌々とオレンジの光で街を染める。それはまるで人類の終末に合わせているかのようにみえた。





 ピンポンパンポーン。間の抜けた電子音が全ての人類の脳に響いた。


「ただいまをもちまして、人間が地球の主役である時間は終わりました。皆様お疲れ様です。次の地球の主役はザリガニとなります。皆様ありがとうございました」











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人類最後の三分間 影山洋士 @youjikageyama

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